君は愛する私の息子


人々が行き交う街中で、ふと皆の足を止め光景があった。

それは一見、ただの恋人同士の愛の一頁である所謂壁ドンであったのだが、その見詰め合う男女がこの世の者とは思えない程に美しかったのだ。


その絵画の光景に目を奪われ、恍惚と息を吐きながらも一足早く我に返った者達から、女性を壁に追い詰めている男の名が上がった。



ロシアの"皇帝""生きる伝説" ヴィクトル・ニキフォロフ。

彼だ。



フィギュア スケーターである彼は、その容姿でも注目を集めていた。しかし、社交的な性格に反して女性の噂を耳にすることはなく、以前テレビ出演でその事を尋ねられた際、一言。

ーー恋人?残念ながらご期待には添えかねるよ。…僕には、いとおしいと思う女性がすぐ傍にいるからね。ーーー


目元を緩ませ微笑む彼の言葉に、氷上とはまた違う"愛する者への表現"を見た。





それが、今、壁に追い詰められ頬を染めている"彼女"なのだろうと、その姿を見た誰しもが思っていた。


数多くなった視線に気付き、更に頬を染めて俯いてしまった"彼女"を守るように此方を一瞥し、ヴィクトルは慣れたように"彼女"の肩を抱きウインクひとつ残してその場を後にした。




まるで映画のワンシーンのようであった光景に、その場に残された者達は暫し余韻に浸っていたーー










しかし、誰も思うまい、彼等が"親子"だということを











ーーーーーーー

こんにちわ!元日本人、現ロシア人の○○ちゃんです!いやービックリだよね!生まれる前は男として人生楽しんだのに、その記憶をもったまま再び生まれ落ちたらクリクリお目めの女の子だったの。自分のこと時たまちゃん付けしてないと女の子って呼べる年齢過ぎて母親に迄成ったくせに、女って自覚が薄れちゃうの…だから許してね。

…それにしても、あれだね。自分で言うのもなんだけど、女性って凄いよね。人産めるだよ!…いや…そりゃ…男の人がいないと無理だけと…。ていうか、何で僕あんなイケメンと結婚できたんだ?しかも何で男とできたんだ…?いや…かなり逃げ回った覚えはあるけど…うん。

ッ…あああああぁあ!!そんな話は置いて!


僕、実は今ピンチです。







ーードンッ…!


「…ねぇ、マーマ。聞いてるの?」


『ッ…だ…だって…、お弁当…。』

胸に抱えた日本式弁当をぎゅっと抱き締めてると、確かに僕が産んだ筈なのにその要素が何処にもないイケメンの息子に見下ろされてます。
因みに今日2回目です。さっきは街中だったけど、今は家に強制連行されて玄関扉にドンですよ。




「…………。」





『…ッ…う〜!』


こわい!!
確かに僕が悪かったよ!
今日は早目にリンクに行くって言ってたの忘れて寝坊しちゃったし!

だから、後でお弁当持っていくって言ったのに…







「………ニキフォロフ家百ヵ条第二項。」


『!!!』

でたッ!



「……………。」


『……………〜ッ!』






「……………。」


『ッ…ひ……独りで外に出ちゃだめ…です。』



くそおおおおお!!!おそロシア!!!
亡くなった僕の旦那さんの家には"掟"があるとか結婚してから知ったし!!



「うん、そうだよね。ニキフォロフ家の大事な掟だよね?……念の為家の窓も全部カギかけてたよね?どっから出たの?ねぇ。」


『ト…トイレの窓から…』





「へぇ〜。」


ッ…こわい!!その笑顔こわい!!


だってさ!だってさ!!よく考えたらおかしいよね!?ヴィーチャ普通に独りで買い物とか行ってるよね!?…ていうか!!旦那さんも普通に行ってたよね!?


僕だけだよね!?ちゃんと守ってるの!!



うー!!憎い!!低身長が憎い!!せめて前世程の身長があれば息子に見下ろされる怖さ戻って軽減するのに!!

…!って、そうじゃなくて!!うんそうじゃなくて!今日という今日こそはガツンと母親らしく言わなければ!!


うん!!
『パーパも、ヴィーチャも!心配しすぎ!!ぼく…私ももう立派な大人です!!ひとりで何でもできます!!!』



「……!………。」


ど…どうだ!!!大体ヴィーチャだってちゃんと産めたもん!!………あれ?なんか違う。







??ん?



頑張ってヴィーチャに言い返したら急に静かになった…



『………ヴィ…ヴィーチャ?』

あれ?
俯いちゃった顔をそーっと覗く





「………マーマは………俺が嫌いなんだね…。」



!!!!
潤んだ目がめっちゃかわいいい!!!!


じゃなくて!!


『そんなわけないでしょ!!?マーマの宝物だよ!!』


そうだよ!誰が可愛い我が子を嫌いになるの!!



「……ぐすん。…だって俺はただマーマを心配してるだけなのに…。ひとりでも大丈夫だなんて……ぐすん。」


『!!!ヴィーチャ!!!』


そんなにマーマのことを!!
あああああああああかわいいいいいいい!!!
僕の息子かわいいいいいいいいいいい!!!

マーマって呼ばれただけで女性に生まれてきて良かったって思っちゃうくらい親バカだよぉおおおお!!



『あああああ!!ごめんねヴィーチャ!!!マーマが悪かったよぉおおお!!ちゃんと"掟"守るから泣かないでぇえええ!!!』


爆発した衝動のままにぎゅっと抱き締めると、ヴィーチャ頭が甘えたように肩にすり寄ってきた。

かわいいいいいいいいいいい!!!



耳元で聞こえた"マーマ大好き"の言葉に昇天して、ニヤリと笑った息子には全く気が付かなかった。

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