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人並み外れた生き方をしていても、身体は等しく人間で、其なりに性欲というものはあった。
『………………。』
○○は自身と同じベッドに身体を倒し、規則正しく動くその背中に目をやった。
短髪銀髪の美女…、というにはその広い肩幅は不釣り合いで、しかし寝返りをうち、此方を向いたその顔は、今まで見た誰よりも美しかった。
○○は軽く息を吐くと同時に額に皺を寄せ、ゆっくりとベッドから降りた。
乱雑に脱ぎ散らかされている自身の服と相手の服を横目に、シャワールームへと足を動かす。
シャー…
"今日の"相手は男だったか…。
○○は顔に張り付いた髪をかき上げながら、ここまでに至った経由を思い出していた。
"仕事"の報告を終え、約半年振りに酒を飲んだ。
それは、一応の"弟"であるユーリ・プリセツキーが無敵の強さを誇り、ジュニアタイトルを総なめにした。という情報を小耳に挟んだからだった。
祝酒。久しく飲んだ強目の酒は、同じようにカウンターに座り、何処か神妙な顔をして酒を傾けていた男の"誘い"を受けるほどに気分を高揚させてくれた。
…久しぶりの行為と酒の力も相まって、断片的にしか覚えていないが、縋るように回された背にハッキリと残った爪の後がピリリと疼いた。
『…………。』
○○は乱雑に髪を拭きながら、未だ目を覚まさない男の顔を見た。
…何処かで見た気がする。
"仕事"でない限り○○は人の顔を覚えることが苦手だ。否。"仕事"であっても○○は、そのターゲットを"人"として見ていない。
だからこそ、"この世界"で生きて行けるのだ。
"罪悪感"。それに潰されたものは多い…
○○は自身の"記憶力"に感謝すらしていた。
…○○は男から目を反らし、コートに腕を通した。
散らばっていた服とは対照的に、机に置かれた自身の拳銃に僅かに目を開いた。
ベットに組敷いた際の記憶が曖昧であっても、そんなところに堂々と置くわけがない…
『………チッ……。』
○○は拳銃を男に向けた。
珍しく雪が止み、雲が晴れた夜空からは月光が射し、男を包んでいた
『……………。』
…輝いて見えるのは、ただの月光か…
…それとも男のその髪か…
……○○は腕を下ろし、拳銃をホルスターへと収めた。
そして男に背を向け、静寂に包まれた部屋を出た…
冷たい石畳の道を独り歩く○○の真上で、月は金色に輝いていた。
その日の記憶に霞みがかかり初めた頃、○○に新しい"仕事"が言い渡された。
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