世界を食べる燃費系3-1


「オイ、○○!オレの名前は何だ!?」

『ユーリ。』


「じゃあ!コイツは!?」

『オタベック。』



「!すげぇ!…じゃあ!カツどんは!?」

『…?カツ丼。』


「!ぎゃはははは!!ちげーよ!!カツキ ユウリだろうが!」

『?』





「…ユーリ。止めてやれ、困っている。」



リンクサイドで笑い転げるロシアの妖精ことユーリ・プリセツキーとそれを止めるカザフの英雄オタベック・アルティンを見上げながら、○○は首を傾げた。





オフシーズンということもありロシアへ遊びに来ていたオタベックとその友人であるユーリは、同じくロシアへ"留学"している○○を誘い、ここリンクへと来ていた。
無論、"無理矢理"ホームステイ先となった家の主。ヴィクトルと勝生勇利も一緒である。


「そうだよユリオ。可愛い○○に変なこと教えないでくれる?」

「!…あ!ほら!○○がメモ取ろうとしてる!駄目だよ!○○!!それは覚えなくていいやつだから!」


『…?カツどん。カツキ ユウリ愛称……違う?』


「!…いや…まぁ、当ってはいるんだけど…。○○は勇利でいいからね!!」


勇利の言葉にまた少し首を傾げながらも頷く○○を見ながら、驚いたようにオタベックが口を開いた。

「…彼は…、○○はとても頭がいんだな。"愛称"まで理解していとは。」

「ケッ、それも"先祖帰り"の力ってやつかよ。」



『……………。』

"あの"大会以来初めて○○に会うユーリとオタベックの二人は改めて○○という存在に驚かされる。

しかし、そんな二人の会話に○○のその変わりにくい表情が一瞬揺らいだのをヴィクトルは見逃さなかった。


「(…○○?) 」



「…おい。お前達、何時までも話をしてないで早くリンクに立て。午後からはジュニアの時間だぞ。」


ヤコフの言葉に皆が振り返ったことで、ヴィクトルは言葉を飲み込んだ。

そして○○は自身が座る椅子に広げていた食べ物を掻き込んだ。



「…………相変わらずスゲェな。」

「それほどこの競技は過酷だということだな。」

靴紐を結びながら、まだ慣れないその光景にユーリとオタベックは言葉を溢した。


「…ほら、○○。水分も取るように"オニイチャン"に言われてるだろ?」


『…ゴクン。…Спасибо.』

「Это очень хорошее произношение!(とてもいい発音だね!)」

御礼の言葉と共に受け取った○○に、ヴィクトルは笑顔で答える。

○○のその言葉の多様性にまた驚きながらも、ユーリとオタベックはリンクへと降りていった。そして勇利とヴィクトルも上着を脱ぎそれに続く。


身体を慣らすように滑り始めた皆の姿を見ながら、○○は鞄から古びた布にくるんだ自身のスケート靴を取り出した。


『………!…。』


その時。○○は眠たそうなその目をほんの少し見開いた。




「?…オイ!○○!ボーッとしてねぇで4回転アクセル見せろよ!オレも絶対跳べるようになってやるからよ!」

見間違いかと思うほどの僅かな変化に確信が持てずユーリは"気のせい"だと○○をリンクへと急かした。


『………。』

ユーリの言葉に顔を上げたその顔は、既に"いつもの"彼の顔。

○○は急いで靴へ足を通し、リンクへと降りていつた。













シャ-…


『…………。』


ロシアの"氷"に走る自身の"印"を確認するように暫し下を向いて滑る○○に、ヴィクトルは傍に寄った。


「…○○、どうしたの?そんなに下を向いてばかりじゃ危ないよ。」



『…………。』


「………気分が優れないのかい?」

『チがう。』


「!」

はっきりと言葉を発したその瞬間。○○の目付きが変わる。

その雰囲気の変わりようは、離れた場所にいたユーリやオタベック、そして勇利にも伝わった。



"ああ、跳ぶんだ。"


ヴィクトルはサッと身を引いた。

それが合図のように○○は顔を上げ、スピード
急激に加速させた。




「!…早い。」

誰かの言葉が漏れた瞬間。
アクセルの特徴である前向きの姿勢のまま、○○は大きく踏み切った。


『…フッ…』


ジャッ…!!







「!!?えっ!」

「!!」

「!!ッ…高ぇっ!!!」





ッジャャッ…!!!…シャ-ーー…




…勇利、オタベック、ユーリの3人は目を丸くした。
見ていた距離の関係とは言い難いほどに、○○はデビューしたあの大会よりも明らかに高く飛んで見せたのだ。



「…………。」


そして乱れもなく後ろ向きに着地し、そのまま流れに任せ氷の上を滑り、最後までその"力"を使い切るようにゆっくりとリンクの中心で止まった。


そして再び視線を下へと向ける。





圧巻なそのジャンプにリンクに立つ彼等だけでなく、リンクサイドにいたヤコフも暫し時を止めた。





「…ッ…!…オイ!○○!!テメェ!あの大会で力抜いてやがったのか!!?」


一足早く我に変えったユーリは○○に詰め寄った。
それに一歩遅れてオタベックも続く。


しかし、その二人のよりもいち速く○○の元へ近付いたのはヴィクトルだ。


「はい、ユリオは落ち着こうね。…しても、○○。今のは明らかに"負担"になる跳び方だよね?」


『…………。』


○○の顔を覗き込むようにヴィクトルは続けた。



「…ねぇ…○○…、やっぱりどこかーーー………ぇ……。」




「……オイ!○○早く教えろ…って、………ハ?……。」


「ユーリ?………!…○○?」


「……ッ…!?」






ゆっくりと目を閉じた○○の瞳から、氷に描いた曲線のように美しく涙が零れ落ちた。





「…○○……?」




『 』



「?…オイ。…なんて…?」




皆が驚き目を見開く中。○○が何処の言葉が知れない"音"を発したその時、ブーツ状の靴と靴底につけられたブレードをつなぐソールの部分がバキリと静かに砕け散ったーーー

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