魔王の舌






『……オイ。酒は滝飲みするもんじゃねぇと何度言ったらわかんだテメェ。祝い酒で死ぬ気か?記憶が無くなる程飲むのは酒に対する冒涜。俺に対する侮辱と捉えると散々言ったはずだよな。…そこに名折れや、勇利。』



「!…○○……さ…ん…!!?○○さんッ!!?」


一気に酔いが覚めた勇利は、二日酔い以上に顔を青くし、○○の指差す足元へ正座した。


その勇利のただならぬ様子に、同じように一升瓶を持ちながらも、まだまだ余裕のヴィクトルは首を傾げた。






○○は勇利の姉である真利の同級生で、"ゆーとぴあ かつき"が酒類を仕入れている酒屋の息子である。
幼い頃より家の手伝いをしていた○○は、その繊細な味覚や嗅覚で酒の種類を把握し、成人してからは日本各地を周り、その地にある酒を探しては仕入れていた。特に、日本酒への"愛"が深く、故に原料である米や水への拘りが半端ない。


日々日本各地を回っている○○が、故郷である長谷津へ戻ってきたのは、勇利がヴィクトルコーチの元、グランプリファイナルで銀メダルをとったことを御祝いしていた丁度その時だった。
追加で酒の注文を受けた○○の父が、挨拶がてらに配達を頼んだのだ。

○○としては、店の酒の様子を確認して起きたかったものの、仕方なく車を走らせた。



そして、声をかけても返事がなく、仕方なく声のする方へ注文の品を運ぶと、パンツ一丁で○○の愛する日本酒をらっぱ飲みする勇利の姿に目を鋭くしたのだ…








『……俺、前にも言ったよな?"旨い"で止めとけって。』


「は…はい。ごめんなさい!ごめんなさいぃいッ!!」


正座する勇利に、真利が奥から○○の姿に気が付き、慌てるように止めた。


「!ちょっと、○○!アンタいつこっちに帰って…。って、そうじゃなくて、今日は勇利の御祝いなんだよ。それぐらいに…。」


『…真利か…。』


肩を置かれた手に振り返り、○○は少し鼻を動かし、益々眉間に皺を寄せた。


『……真利。テメェも禁煙するじゃなかったのか?臭いが濃くなってるぞ。』


「!?あっ!えー…!じゃ!ごゆっくり!!」

「!!?真利姉ちゃーん!!!」


真利は逃げるように戻っていった。
勇利は再び向けられた鋭い目に姿勢を正した。


○○は勇利の酒癖の悪さを知ってる。そして、勇利も○○も"異常"ともとれる日本酒への"愛"を知っている。



『"祝い"は言い訳だっつたこともあるよな?勇利。』


「うう…ご…ごめんなさい…。」




「まぁ!まぁ!!酒屋のお兄さんも落ち着いて〜!」


『あン?』


「!…ヴィ…ヴィクトル。」


勇利の後ろで、○○について説明を受けたヴィクトルは、○○の肩を組み、引き寄せた。



「○○、だっけ??俺はヴィクトル・ニキフォロフ!ユウリのコーチだよ!」

宜しくねとウインクを飛ばすヴィクトルから漂う多くの酒の臭いに、○○の額の皺が深くなった。


『…………。』


「今日はさ!俺の愛弟子が銀メダルをとった素晴らしい日の御祝いなんだ!一緒に楽しもうよ!」


そう言って無理やりコップを持たせ、手にしていた一升瓶を傾けた。

勇利の顔は益々青ざめる。


なみなみと注がれたコップを睨む○○とは対称的に、飲め飲めと急かすヴィクトルは終始笑顔だ。







…ペロ


○○は溢さぬよう、その酒を"舐めた"。






……そして再びヴィクトルを鋭く睨んだ。




『……テメェ…、この瓶抱えてやがったな。』


「…え?」


○○は肩に乗せられていたヴィクトルの腕を払いのけた。


『……"ぬるい"。この日本酒の香りをここまで駄目にしやがって…。しかもだ、このコップはテメェが使ってたやつだな。…ビールにウィスキー…微かにウォッカの味までしやがる…。』


「!!」


ヴィクトルは目を丸くした。傍で同じように震える勇利の父親から○○の酒に対する"愛"と"体質"について耳打ちされたが…、こんなにも分かるものなのかと。
しかも、祖国で身体を暖める為もあり、日常的に口にしていたが、最近は全く飲んでいなかったウォッカまで…。

身体に染み付いていた…ということなのだろうか




○○はヴィクトルの襟を掴み上げ、引き寄せた。


「ッ…!」


『いいか、よく聞きやがれ"ウォッカ"。テメェの国はどうか知らねぇが、酒は"発散"するもんじゃねぇ!"嗜む"もんだ。なんでも"限度"ってものがあんだろ。本来の酒の役割を忘れんじゃねえ!…楽しむのは結構だ。騒ぐのも結構だ。…だがな、身体を壊す飲み方は論外だ!!わかったか!!!』


「!!?いッ…!yes!!!」



お前もだぞ!勇利!! と再び叫び、説教を再開した○○を、最早誰も止められない。






「………。」



驚きの余り、すっかり酔いの覚めてしまったヴィクトルだが、再び勇利に酒について語り出した○○の姿に、何処か目を輝かせていた。





そして、一時間程説教された勇利は、○○が帰った後死んだように眠ったものの、次の日、記憶は確り残っていたという。


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