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春真っ盛りだというのに、桜は散り逝くかの如く風に舞う日。此所、婆沙羅学園高等部は新たに新入生を迎え入れていた。
世界的にも注目を集める婆沙羅学園。
生徒数は他の学園と差ほど変わりはないが、その校舎は広大で、初等部から始まり、中等部・高等部・大学部・大学院に別れている。
多くの生徒は初等部から入学してくるが。この婆沙羅学園にはもう一つ、余り知られていない"幼等部"という建物がある。
文字通り、幼児を対象とした学舎なのだが、婆沙羅学園は少し違う。
この婆沙羅学園幼児部には、主に"転生者"と呼ばれた者が入園してくる。
その一例として、今からか十数年前、一度に多くの転生者がこの幼等部の門を潜った。
"彼等"はお互いの姿を確認した瞬間。
ある者は泣き。ある者は笑い。ある者は怒り。ある者は謝り。ある者は抱き締め。ある者は何故か一人を蹴った…
それぞれ幼い身ではあれど、その言葉は、やっと出会えた永年友を想い合うものだった。
そして彼は同じく、とある兄弟を探していた。
しかし何故か、"あの時代"の全ての者が揃ったというのに、彼等の"光"であった兄と、その兄を誰よりも愛していた弟が、いくら待っても現れなかったのだ…。
一年。また一年。
平和な時代の一年は長い。
彼等は口には出さないが、常にその兄弟を想い、探した。
そして、そんな日々が十数年続いた。
「…佐助。…やはり、居られぬか?」
「……うん。"大将"にも確認したけど…。」
真新しい高等部の制服を身に纏い、不釣り合いな古びた赤い髪紐も風に靡かせ、肩を落とした青年。真田幸村。
同じく真新しい制服を少し着崩し、いつものポーカーフェイスを崩し、唇を噛む青年。猿飛佐助。
戦国の世。確かな絆で戦場を共に駆けていた二人は、"あの時代"の年齢に近付いた今年こそ、再び会えるのでは無いかと期待していた。
……しかし、貼り出されたクラス表にも、まさかと思い見に行った他の学年にも、彼等兄弟の名は無かった。
「…Hey! 幸村!猿飛!」
「! …おお!! 政宗殿! お久しぶりにござる!」
この時代でもトレードマークに成りつつある眼帯を着け、幼等部からの幼馴染である伊達政宗は、答える様に片手を上げた。
「アレ? …竜の旦那、右目の旦那はどうしたの?」
「Ah〜…アイツは学園全体の教師朝礼だとか何とかで、早ぇ時間から出てったぜ。」
首を傾げる幸村の隣で、佐助は大変だねと続けた。
教師人にも多くの転生がいる。
伊達政宗の右目と称された片倉小十郎に始まり、織田信長・明智光秀・濃姫・武田信玄・上杉謙信・島津義弘。そして何故かザビー。
時折、堂々と学園内を歩く松永久秀を見掛けるが、何を教えているのか分からない謎の教師だった。
戦国の世。命をかけて戦っていた彼等が、再び合間見栄ているこの学園は、あの時代では考えてられない程、平和だ。
それはこの"世界の空気"と、戦国の世で出会ったで有ろう"あの兄弟"の力だろうと、誰しも思っていた。
「…にしても。……今年も居ねぇか…。 」
政宗は二人が立つクラス表を見上げ、呟く。
誰が。など聞かずとも二人は無言で頷いた。
3人の間を通るように、桜が舞う…
そのとき、聞き慣れた声で政宗を呼ぶ声が3人の耳に届いた。
「政宗様ーーーー!!!」
「?…小十郎?」
「…片倉殿?」
「片倉先生でしょ、旦那。……で、どうしたんだろうね、あんなに走って。」
少し距離があるものの、1枚の紙を靡かせながら此方へ走ってくる小十郎を姿を捕らえた。
「ーッ…ハー ハー……政…むね様……!」
「Calm down!(落ち着け) 小十郎。…会議とやらはどうした?」
学園全体の教師が集れる程の講堂は此処からかなり離れている。
どうやらそこから全力疾走して来たようだ。
小十郎は乱れる息を調えながら、靡かせていたその紙を政宗の手に握らせた。
「Ah〜?」
首を傾げながら少し傷んだその紙を広げた。
様子を見ていた幸村と、小十郎の背をさすっていた佐助も何事と、後ろから覗き込んだ。
小十郎が渡したソレは、今年の教師配置名簿だった。
「…? この配置なら、ソコに貼り出されているでござるよ?」
幸村は顔を上げ、掲示板を指差した。
「…!! ちょっと待って!! 旦那!これ!!」
「…………"これ"は確かか?小十郎。」
目を見開き一点を見詰める佐助と、微かに声を震わせ、紙を握る政宗。
二人の徒ならぬ様子に、再び紙を覗く幸村は二人の視線が交わる一点で、同じ様に目を見開いた。
小十郎は力強く頷いた。
そこには、彼等が幼等部時代の園長であり、腰を痛め第一線を退き行方を眩ませていた、彼等が探し求める兄弟の唯一と言っていいほどの手掛かりを持つであろう彼の人の名が書かれていた。
礼儀作法 臨時講師 北条氏政
「……今は茶道部顧問、松永久秀と共に茶室に向かわれております。」
アイツ、茶道部顧問だったのかと言う誰の呟きなど直ぐに消え、3人は遠い昔戦場を駆けるかの如く足を動かした…。
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