淡恋【9】
楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまうもので、食事も終えた後はゆったりと街を歩いて回った。
「あー…やっぱ、寒いな。」
「そうですね…。あ、でもニュースで梅が咲いたといってましたから、もうすぐ暖かくなるんじゃないでしょうか。」
寒さに頬を赤らめながら、土方から貰ったカイロを両手に握りしめながら歩く。
「…そうか。」
ふっと口元を緩め笑みを浮かべると、ポンと斎藤の頭を撫でる。
「暖かくなって、桜が咲いたら花見でもするか。」
「花見…ですか。いいですね…」
桜の下に立つ土方の姿は、とても似合うと思う。大学での初めて会った時を思い出す。
桜が綺麗に咲いている中、大学に入学した俺は、サークルの勧誘で立っていた土方さんに驚いて立ちすくんでしまった。
何せ…
「…何、笑ってんだ。」
あの時の光景を思いだし、くすくすと笑い声を上げると、むすりとした表情の土方が振り向いた。
「す、みません。ちょっと…土方さんを初めて見掛けた時を思い出してしまって………」
「………もしかして、アレか?」
嫌そうな表情で聞いてくる土方に、さらに笑いが込み上げてくる。
「いえ…見事だったと思いまして。」
最初は、芸能人が何かだと思ったのだ。沢山の女子学生が集まってキャーキャー言っていて、誰かを囲んでいるようだった。
あまり芸能人に興味のなかった斎藤は、あっさりと別の場所へと移動しようと一歩踏み出した時だった。
『うるせぇ!!サークルに興味のねぇ奴は、とっとと失せろ。邪魔だ。』
男の怒鳴り声が響き、驚いてそちらを向けば、騒がれるのも無理がないだろう美形な男が、苛立ちに顔を歪め群がる女子学生を睨みつけていた。
ミーハーな女子達も、怒鳴られ睨みつけられては、どうしようもないのだろう。すごすごと散っていった。
『……………。』
『……………。』
その結果、呆然と見ていた斎藤は、不機嫌な様子の美形な男とバッチリ視線が合ってしまい、妙に居心地悪い思いをする羽目になった。
「……あれは、仕方ねぇだろ。」
思い出したのだろう土方は、バツの悪そうに苦笑しながら肩を竦めた。
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