淡恋【10】
ほんのりとした温かな気持ちで頬を緩め帰宅した斎藤は、コートも脱がずにペたりと床に座った。
もう、僅かな温もりしか残っていないカイロを愛しげに抱きしめる。
きっと、捨てられずに大事に仕舞う事になるだろうカイロにくすりと笑う。
嬉しさに穏やかな空気が流れる中、それを打ち破るかのように電話が鳴り響く。
「……………。」
一瞬にして空気は固く冷ややかになり、斎藤の表情も一変し先程まで、嬉しげに綻んでいた口元がきゅっと引き締まり、目は温度をなくした。
鳴りつづける携帯を取り、耳元にあてる。
「………はい。」
淡々とした感情のない声音で出ようが、気にした風もなく用件を切り出す相手に少しの苛立ちと諦めで気持ちが沈む。
「分かりました。明日…ですね。…はい、失礼します。」
内容は、次の撮影が明日に変更となった…という事だった。
一気に奈落まで突き落とされた気分になり、深々と溜め息をつくと沈んだ気持ちでコートを脱ぎ捨て風呂へと向かった。
カイロはキチンと仕舞ったのには、自分でも感心してしまった。
ボンヤリとシャワーを浴びながら思う。
土方と過ごした少しの時間は、とても幸せだった。以前のようにたわいのない事を話、笑い…楽しかった。
でも、それは土方が事実を知らないから。
きっと事実を知れば、驚くだろう。軽蔑…されるだろう。
「やはり…あまり頻繁に会うのは、良くないだろうな…」
自嘲的な微苦笑を浮かべ、ポツリと呟く。
総司はチャンスと言っていたが、そのチャンスを活かしてはならないのだと思う。
できるだけ長く、今の関係を続けさせる為にも…。
ただの大学の後輩でいられるように…。
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