時渡り
斎藤は目の前の光景に、ひっそりと頭を抱えた。


「斎藤、そっくりだな。」


「っ、つーかよ…あ、あの格好は…」


じろじろと見てくる見慣れていて、それでいて初対面の者達にムスリと顔を歪めた。




今の状況を作り出したそもそもの原因を思い出し、深々と溜息をついた。



道場に着いた途端、山南に声をかけられ怪しげな液体を吹き掛けられたと思ったら何故か幕末で、しかも新撰組の頓所にいた。


見知らぬ場所に唖然と立ち尽くしていたら、ぞろぞろと見知った顔が現れて………。



「つまり、山南さんに怪しげな液体をかけられて気づいたら此処にいた、と…。」



「はい。」


苦々しげに顔をしかめ頭を抱えた土方に、淡々と返事を返す。


「正直、信じられねぇが…お前が嘘をいうようには見えねぇし…。仕方ねぇな。とりあえず戻れるまでは、此処にいろ。」


「ありがとうございます。」


土方の言葉にホッと息をつき、頭を下げると、ぶっと妙な音が聞こえた。


「ちょ、新八つぁん!?」


音の発生源を見ると、ボタボタと鼻血を流す永倉がいた。


「どうしたんだよ、新八つぁん!?」


「だ…だってよ…」


鼻血を流したまま、ちらちらと見てくる永倉に首を傾げる。


「あー…あのよ、斎藤…その着物が原因っーか…」


原田が苦笑しながら、困ったように見てきた。


「ああ、確かに。君の所じゃ、普通なの?その着物。」


楽しげに笑いながら、総司は斎藤の服を指差してきた。


「あ、あぁ。別に珍しくはないが…。」


きょとんとしながら首を傾げていると、土方が呆れたように永倉を見ながら口を開いた。


「とりあえず、その格好は目立つ。斎藤…お前の着物貸してやってくれ。」


一人静かに成り行きを見守っていた、もう片方の斎藤に命じる。


「御意。…では、行くぞ。」



「ああ。」


同じ顔をした二人がその場を去ると、広間は一瞬シーンと静まった。


「にしても、顔だけじゃなく口調や性格までそっくりとはね。」


「しかも名前まで同じ…。こんな事ってあるんだな。」


しみじみと総司と原田が語る横で、未だ鼻血が止まらない永倉はぶつぶつと愚痴をこぼす。


「女が、あんな肌を露出してるのが珍しくないなんて…何て素晴らしい世界なんだ!」


ふるふると震える永倉に、皆が冷ややかな視線を送りながら、先程までいた未来から来たという斎藤の姿を思い出す。


胸元が大きく開き、見るからに女性と分かる薄手の着物に、白く柔らかそうな太ももまで見えてしまう短い裾。



((あの格好は、マズイだろ。))


皆が皆、同じ事を思ったのだった。







■■■■


未来から来たという自分とそっくりの少女と共に自室にやってきた、幕末の斎藤は密かに動揺していた。


自分とそっくりの少女が目の前に現れ、驚かないわけがない。


「晒しを巻くのを手伝って貰ってもいいだろうか。」


堂々と目の前で着物を脱ぎ捨てる少女に、頬を赤らめながら晒しを手に取る。


「女子が、そう簡単に肌を晒すものではない。」


目を逸らしながら、少女に晒しを突き出すと、くすりと笑い声が聞こえた。


「同じ女なのだから、構わんだろう。」


「!?」


驚きに目を見張り少女を見ると、変わらず口元に笑みを浮かべていた。


「何故…」


「どんなに頑張っても、骨格や肉付きまではごまかせん。しかも、自分そっくりならば、尚更だ。」


サラリと告げられた言葉に、『なるほど』と頷くと苦笑する。


少女が晒しを巻くのを手伝いながら、「それでも、あのような服装は控えろ。はしたない。」と小言を述べると、少々拗ねてしまった。



どうやら、自分よりも表情は豊からしい。



「ほら、これでいいだろう。」


「ああ、感謝する。」


着物を着るのまで手伝い、身支度を整えると、まるで鏡を見ているかのようだった。


同じ黒い着流しに同じ髪型、唯一の違いは襟巻きをしていない事くらいか。


「……襟巻きは、予備はないのか?」


「あるが、つけるのか?」


少女がコクリと頷くので、予備の襟巻きを首に巻いてやる。


「………」


満足げに頬を緩める少女の頭を撫でてやると、「広間に戻る」と告げ共に自室を後にした。






「「「…どっちが、どっちだ?」」」


広間に戻ってきた斎藤二人に、皆はポカンと見つめると首を傾げた。


着替えるようにはいったが、そっくり同じにしろとはいっていない。

なのに目の前の二人は、着流しから襟巻き、髪型まで一緒だ。


これでは、どちらが幕末の斎藤かわかりゃしない。


「あー…こっちの斎藤はどっちだ。」


頭痛を堪えるかのように頭を抑える土方に、おずおずと左側の斎藤が返事を返した。



「何だって、そっくりそのまま…」


「申し訳ありません…」


土方の様子にしゅんと肩を落とす斎藤に、未来から来た斎藤までもしゅんとしてしまった。


「俺が、襟巻きをしたいと我が儘を言ったんです。申し訳ありません。」



二人して落ち込んでしまった事に、土方は気まずそうに頭をかくと「いや、いい。」とだけ告げた。







それから数日間、斎藤が二人という奇妙な生活が続いた。


顔だけじゃなく、すべてがそっくりな二人に、幹部達は困惑の中暮らしていた。


そして急に、未来から来た斎藤が「どうやら、戻れそうだ。世話になった。」とぽつりと呟いた途端、姿を消してから数日は斎藤がひどく寂しそうだった。



一方…



「大丈夫だったか、斎藤?」


「はい。貴重な体験をしました。」

心配そうに見てくる土方に、にこりと笑うと過去の世界の話しを楽しげに話し出した。


「…急だったので、服をあちらに置いて来てしまいました。」


残念そうに肩を落とす斎藤の頭をポンポンと撫でると、


「だが、その格好も似合うな。ストイックな感じが、そそられる。」


くつりと笑い耳元で囁く土方に、ぽぉっと頬を赤らめると襟巻きに顔を埋める。


「…じゃぁ、今日はこの格好でいます。」



過去の世界も楽しかったけれど、やはり土方の側が1番いい…改めて感じた、斎藤だった。



…あんたも、そうだろう?




End
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