願わくは貴方と共に【30】
周りの者達がそれぞれ道場を出ていき、土方と二人だけになった事も気づかずに朔はただ呆然と立ちすくんでいた。
「……斎藤。」
土方の声にハッとし振り返ると、不機嫌そうに眉をしかめた姿が目に入り、ボンッと音が聞こえそうなほど顔を真っ赤に染め上げる。
「お前……。」
朔の様子に不機嫌さが一辺、呆れたように溜め息をついた。
「あぁ…もういい。斎藤、相手が例え千鶴でもキスはすんじゃねぇ。」
「……はぁ。」
土方の勢いに圧され頷いた朔は、ギュッと土方に抱きしめられ、おずおずと背中に手を回した。
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左之助を探しに道場の敷地を探し回っていた千鶴は、道場の裏手に壁に寄り掛かって立っている姿を見つけ、ホッと息をつき駆け寄った。
「原田さん…。」
声をかけられ、やっと近くに千鶴が来ている事に気づいたのか一瞬驚いたような表情を浮かべた。しかし、すぐに気まずそうな表情になり避けるように視線をそらした。
そんな左之助の態度に少々胸の痛みを感じながらも、笑みを浮かべる。
「あの…どうかされたんですか?急に道場を出ていかれて……」
¨何か、不快な思いをさせてしまったでしょうか¨
そう言いかけて、自意識過剰かと思い口を閉ざしてしまった。
「…斎藤とは、いつもあんな感じなのか。」
「え、あ…はぁ。そうですね…いつも、私が甘えちゃってます。少しは自立しなきゃとは思うんですけど、つい…。」
雰囲気が、ピリピリとしていて困惑しながらも答えを返す。
「…キスも普通にすんの?」
「へ……えーっと、変でしょうか?」
目をパチクリさせながら首を傾げる千鶴に、むっと眉を寄せた左之助は何も言わずにその場を去ってしまった。
ここで少しだけズレが生じていることは本人達は気づかなかった。
左之助の¨キスも〜¨は主に唇を指してしたが、
千鶴が指していたのは、頬や額で唇は含まれていなかった。
小さいようで、大きな誤解が左之助の中ではぐるぐると嵐のように荒れていた。
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