願わくは貴方と共に【9】
【風間千景】
その名前には、全員に覚えがある。事あるごとに自分達の前に現れては邪魔をし、千鶴を勝手に嫁と決めつけ連れ去ろうとした男。
できれば、もう二度と会いたくない人物の名前だった。
「斎藤…詳しく話せ。」
昔の事を思い出したのか、斎藤を抱きしめたまま苦虫を噛んだような表情で、事務的な声音で命じる。
他の面々も静まり斎藤の言葉を待つ。
「ここに着くまであと少しという時に、俺と千鶴の前にあの男が現れて…千鶴に¨久しいな我妻よ¨とか言って…!!」
怒りが再燃したのか、土方の胸に額をぐりぐりと擦り付ける。
「うわぁ、まだそんな馬鹿な事言ってんだ。痛いなぁ…」
「っーか、アイツも記憶あるんだなぁ。たく、面倒なこったぜ。」
「一度死んでも、あの勘違いで痛いのは治らなかったみたいだね。ホント、うざいなぁ」
平助、新八、総司が呆れた表情で感想を述べていると、横から「それだけじゃありません!」と普段とは違う大きな声で、千鶴が叫んだ。
「うおっ!どうしたんだ、千鶴ちゃん!?」
普段のほわほわした雰囲気ではなく、そう…言葉で表現するならプンプンと擬音が浮かびそうな様子で立っている千鶴がいて、新八や平助は驚きに目を見張った。
「あの変態、朔さんにまで…朔さんにまで¨妻にしてやる¨なんて事を…!」
ふるふると肩を震わせながら、「何が¨光栄に思え¨ですか!ただの、迷惑でしかありません!!」
「……斎藤、今のどういう事だ。」
千鶴の言葉に眉を吊り上げ、ひくりと頬を引き攣らせながら腕の中の朔に問い掛ける。
「…あの勘違い変態馬鹿が勝手に抜かした戯れ事です。」
土方の胸に甘えながら、サラリと毒を吐く。
「確かに勘違い変態馬鹿だね、あの男は。」
「その三拍子が揃うと、何か哀れじゃね?」
「別に、風間は自覚なんてないんだし、いーんじゃねぇの?」
「いーんです。勘違い変態馬鹿で正しいんですから。勝手に¨我妻達¨とか、気持ち悪い。」
ヒソヒソと好き勝手な事をいうと、頷き合う。
「とにかく、アレには気をつけろよ。」
「今度は、息の根を止めて見せます。」
「…今回は止めねぇよ。思いっきりヤレ。」
ポンポンと朔の頭を撫でると、溜息をついた。いつの世でも、あの勘違い野郎に掻き回される運命を少しばかり呪った。
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