願わくば貴方が幸せであることを【58】

自分の腕の中で涙を流す斎藤の姿に、土方はそっと眉を寄せる。


思った以上に、今回の事件は斎藤に深い傷を残してしまった。今まで受け入れていた、己の性別を深く悔やむ程に。



己の浅はかさに内心舌打ちする。男として生きた記憶がある分、戸惑いも辛いと思う事も、斎藤には多々あったはずだ。土方には分からない悩みも…。


それでも、土方にとって男だろうと女だろうが斎藤が生きている事が、何よりも重大な価値がある。


ただ静かに涙を流す斎藤を抱きしめる。


「斎藤…俺は男だろうが女だろうが、お前であればいい。お前でなければ意味がねぇんだ。」


「…土方さん…」


顔をあげ、うるりと涙で潤んだ瞳で土方を見つめると、目元に溜まった涙を唇で吸い取られた。


「俺には、分からない部分もあるだろうが…今のお前を否定しないでくれ。」


¨頼む¨と囁きながら、額や頬にキスをしていく。

段々と斎藤の身体から強張りが解け、表情にも明るさが出てきた事に、ホッと笑みを零す。


「お前が¨女¨に産まれたからって、後悔したり自分を責める必要はねぇよ。」


優しい笑みを浮かべる土方につられるように、斎藤も安堵したような笑みを見せた。


「はい…。」


内心¨むしろ今の世じゃ、斎藤が女として産まれてきたのは都合が良かった¨と思っていたのは、土方の心で留め置かれた。












2日後、男はストーカーと傷害事件という事で学校と家族との話し合いの上、退学となり学校を去って行った。


この事件は、関係者以外の生徒達には伏せられていたが、噂とは広がるもので、当事者である斎藤は暫くの間、居た堪れない思いで学校生活を送る事になった。


「まさか、こんなに噂が広まるとはねぇ。まぁ…あの男がしつこく一くんに言い寄っていたのは、かなり有名だったから、仕方ないか。」


呆れたような、それでいて楽しそうに笑う総司に、溜め息をつきながら同意を示すように頷く。


「でも、これでストーカーはいなくなったんだし、良かったんじゃない?あ…でも、よくストーカーの件認めたわね。傷害事件はともかく、ストーカーは証拠がなかったんじゃない?」


確かに…傷害の方はナイフもあるし、何より本人が刺した事を認めていたので問題はないが、ストーカーは、はっきりと明言していない。


「あぁ…。それなら証拠として、あの男が一くんの机の中に例の封筒を入れてる写真と、その封筒を突き出しただけだよ、本人に。証拠としては弱いけど、脅しの材料としては結構使えるでしょ。」


にこりと笑い、述べられた言葉にピシリと固まる。


「言っとくけど、これを指示したの土方さんだからね。ほんと、あの人も底意地悪いよね〜」


けたけたと楽しげに笑うと、肩を竦める。


「というより、計算高いのかしら…。まぁ、朔を大事にしてくれるのなら、私は何も言わないわ。」

呆れたように笑うと、持っていたイチゴミルクをちゅぅっと吸う。

「…俺は、初めの一通しか机に封筒が入っていたのは確認していないが?」


「うん、そうだろうね。それ以降は、僕や土方さん、佐之さんが回収してたし。あの男も行動時間が早くてさ、決定的瞬間を捉える為に、僕まで早起きしなきゃならなくて、疲れたよ。」


¨まぁ…土方さんには大きな貸しが出来たし、いいけどね¨


にんまりと笑い、そう呟いた総司にひっそりと顔をしかめる。


「やだ、裏側でそんな事してたの!?何で、私には教えてくれなかったのかしら?」


ぷくりと唇を尖らし、拗ねた表情をする美咲に苦笑を浮かべた総司が肩を竦める。


「余計な負担をかけたくなかったからね。それに、君は朔くんの側で励まして欲しかったから。」


「…まぁ、いいわ。」


ふっと苦笑を浮かべた美咲は、ちらりと斎藤をみやり、にんまりと笑みを浮かべる。


「そういえば、朔は土方先生とどうなったのかしら?何だかんだで、きちんとした報告聞いてないわ。」


「あ、そうだった。どうなったの、朔くん。まぁ、分かりきってる事だけど、一応教えてよ。」


楽しげに、にたりと笑みを浮かべた総司までが美咲に便乗し、からかうように問う。


「え、あ…それは…」


「どうなの、朔?」


「きちんと吐きなよ、朔くん☆」


逃げる事は許さないとばかりに、笑顔で攻め寄ってくる二人に、白旗をあげるしかなかった。


「その…何というか…こ、恋人に、なった…。」


恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら言った言葉に、美咲と総司の二人は微笑ましいと笑みを浮かべる。


照れ屋で初々しいのが、とても可愛らしくて、少々土方が妬ましくなる。それでも、斎藤をこんな可愛らしくするのも土方しかいないので、自分達はそれを見守ろう。

大事な大事な親友なのだから。




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