願わくば貴方が幸せであることを【44】

¨お前以外を抱きしめたりしねぇよ¨


湯舟に浸かりながら、あの時の土方の姿と言葉を思い出し、カァッと全身に熱が広がりザバッと音を立てお湯から出る。


「…都合のいい勘違いをしそうだ。」


体を拭く手を止め、ギュッとタオルを握り締める。


土方さん…俺はどうしたらいいですか。





ほかほかと温まった体でリビングに行くと、姉と兄がテレビをみながら雑談をしていた。


…相談してみたら分かるだろうか。


このままだと、自分の都合よく勘違いしてしまいそうだし…。


「姉さん、兄さん、あの…少しお話があるのですが、いいですか?」


てこてことソファに近づき、伺うと二人はにこやかに招き入れてくれた。


「何かあったのか?ハッ、まさか虐められてるのか!?いや朔は可愛いから、変な男に付き纏われてるとかか!?」

兄が、俺の肩を掴んで何やら物凄い形相で迫ってきて、思わず引く。


何故、話があると言っただけで、虐めとかになるのだ?いや、確かに変な男には付き纏われてはいるが、家族には言ってないはずなのに。


「ちょっと、朔がびっくりしてるじゃない!離れなさいよ。」


ゲシッと音が聞こえるような見事な足技で、兄を蹴り倒しそのまま頭をぐりぐりと踏み付けた姉は、にこやかに笑いながら
「それで、どうしたの?」
と優しい声で聞いてきた。


チラリと兄を見ると、結構大丈夫のようなので放置することに決め、姉を見上げ口を開く。


「あの…¨お前以外を抱きしめたりしねぇよ¨と言われた場合、どういった意味になるのでしょうか?」


姉を見上げたまま、こてりと首を傾げた途端、足元から奇妙な声が聞こえた。



「ぬ、ぬ、ぬぁぁぁんだっとぉぉ!!!ちょ、痛い痛い痛い!頭ぐりぐりと踏み付けるの止めて!何か出るから、何かが!!」



「ふん、いきなり叫ぶからよ。」


ぐっと力を込めてから姉が足を退ける



「…大丈夫ですか、兄さん?」


おずおずと手を差し出すと、凄い勢いで手を握られた。


「うぅ、何ていい子なんだ、朔は!どっかの狂暴な姉とは大違っ…ガハッ」


姉の見事な踵落としが兄の頭に落ちて、また兄は倒れ臥した。


「…………。」


実は兄姉のこういったやり取りは日常茶飯事なのだが、何度同じ事を繰り返しても慣れる事ができない。


どうしようかと兄を無言で眺めながら考えていると、姉が「大丈夫だから放っておきなさい。」と言ったので、またもや放置することにした。



「それで、¨お前以外を抱きしめたりしない¨だっけ?それは、好きだって意味しかないと思うわ。」


「そ、そうなんでしょうか…。」


第三者である姉からも、そうハッキリと言われ急に恥ずかしくなり、赤くなっているだろう顔を隠すように俯き、近くにあったクッションをもじもじと弄る。



いきなり姉が抱き着いてきたかと思うと、ぎゅーっと抱きしめ興奮したように叫ぶ。


「も、やだ、可愛い朔!もしかして、朔もその人の事が好きなんでしょう!」


「っ……!」


姉の言葉にビクリと奮え、そろそろと姉の顔を見ると、嬉しそうに笑っていた。



「…もしかして、例のあの人かな?」


くすりと笑って小声で囁いてくる姉に、コクリと頷く。


姉だけは、前世の話を知っている。

昔の夢を見はじめた頃の俺と千鶴は、何のことなのか思い悩み姉に相談したからだ。


だから、昔の俺が誰を想って逝ったのかも知っている。


それに姉も聡い人だから、俺の様子で今回の相談の相手が誰なのか分かったのだろう。



「だ、ダメだ。ダメったらダメ!朔はまだ15歳、お付き合いなんて早すぎる!!」


今まで床にべばりついていた兄が、ガバリと起き上がりビシリといい放つ。


「何いってんのよ。あんたなんて中学生で彼女いたじゃないの。別に高校生なんだしいいじゃない。」


「うっ…。で、でも、どこの馬の骨とも知れないやつに朔を渡していいのか、お前は!」


「私、微妙に知ってるし。」

焦ったように言い募る兄に対し、冷静に余裕な態度で切り返す姉…兄に勝ち目はない。ここで俺まで参戦するのもどうかとは思うが…。


「兄さん、土方さんは¨どこの馬の骨とも知れない¨人ではありません。」


キッと兄を睨み訂正を求める。


「な…は、朔…。でもお兄ちゃんは認めないからな!まだ、お付き合いなんて認めない!」


「朔……ちょっとあの馬鹿に、こう言ってみなさい。」


目は冷たいままなのに、笑顔を浮かべた、誰かに似た表情を浮かべた姉は俺の耳元で、ある言葉を囁いた。


……言っていいのだろうか?


躊躇い、もう一度姉を見ると¨言え¨とばかりに頷かれた。


そして、おずおずと口を開くと姉曰く¨魔法の言葉¨を口にした。

「に…兄さんのバカ。きらい。」


「は、はじめぇぇぇ!お兄ちゃんが悪かったぁ!!だから嫌いとか言っちゃダメぇぇぇ!!!」


崩れ落ち泣き出した兄に、ぎょっと目を見張る。


オロオロする俺とは反対に、泣き崩れる兄を見て姉は満足そうに笑っていた。




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