願わくば貴方が幸せであることを【35】
滅多に人が来る事のない体育倉庫裏は、密かに告白スポットとして知られていた。


斎藤自身は、興味が無いこともあり知りはしなかったが、ひっそりと眉をひそめ警戒心を強める。


人気のないような場所で、目の前に立つ人物と二人っきりになるのは避けたい事態だった。



(あまり褒められた事ではないが、美咲について来てもらうのだった…)



内心、一人で来たことに後悔が過ぎる。


「それで、お話とは何ですか?」


ここ最近で、斎藤にとって目の前の人物は嫌悪感しか抱く事はなく、発した声は自然と低く刺々しさを含んでいた。


しかし、そんな様子に気づかないのか無視しているのか、目の前の男はいつものように話し出した。

「斎藤さん、俺と付き合って下さい。」


「……いつも言っているが、そのつもりはない。いい加減にしてくれ、あんたを好きになることはない。」


深々と溜め息をつくと、疲れたように¨いつもの¨様にキッパリと断る。



「何故ですか!?沖田とは付き合っていないんでしょう?なら、俺と…」



怒鳴るような大きな声で近づいてくる男に、不愉快だと顔を歪め一歩また一歩と後ろに下がる。


「総司と付き合ってないからといって、何故あんたと付き合わねばならん。」



「好きなんだよ!何で、断るんだよ…俺は、俺がこんなに好きだって言ってるのに!!」


「っ……!」


後ろに下がるうちに、倉庫の壁にまで追い詰められ、ぐっと両肩を掴まれる。


「は、離せ…!」


ギリギリと掴まれ痛みに顔を歪めるが、男は何も感じないように更に力を込めてくる。何とか手で腕を掴み離そうと藻掻く。


「なぁ、好きなんだ…いい加減、俺のになれよ。」


「何を…ふざけた事を…!」


あまりにも一方的な事を告げ、無理矢理にでも口づけようとしてか、顔を寄せてくる男にサァッと血の気が引く。藻掻きながら咄嗟に顔を横に向けぎゅっと目を閉じた…その時



ドンッ!!


「………?」


何かが倒れる音と共に、拘束していた手が離れた感覚に恐る恐る目を開けると、息を荒げながら立つ美咲と地面に尻餅をついている男の姿があった。



「な、何すんだ!この「それはこっちの台詞よ!!あんた朔が嫌がってるのに無理矢理…」


「違う!無理矢理なんかじゃない!」


美咲の言葉に男はムッとした顔をし立ち上がると、そう反論する。

「はぁ!?朔は明らかに嫌がってたようだったけど!」


「彼女は恥ずかしがってただけだ!」


「なっ………!」


男の、あまりにも勘違いも甚だしい言葉に美咲も斎藤も唖然とする。


何で、そのように受け取れるのだ?


「…言っておくが、俺は¨恥ずかしがってた¨のではなく、嫌がっていた。何度も言うが、あんたは好きじゃない。それに、無理矢理に事に及ぼうとされるのは、かなり不愉快だ。もう二度と、俺に構わないでくれ。」



「………何故、なぜ…俺が、こんなに愛してるのに…何で、そんなヒドイこと言うんだ…。」



血走った目で虚にぶつぶつと呟き始めた男に、ぞっと怖気が走る。それは、羅刹に初めて対峙した時に感じたものと似ている。



「…朔、行くよ。」


「しかし…」


正直、美咲の言うように、今すぐこの場を立ち去ってしまいたいが…


戸惑う斎藤の腕を引っ張り、安藤はこの場を立ち去るべく早足で歩き出す。



「美咲…。」


「あの男…危ないわ。私達だけじゃ、手に負えない…。」



美咲がポツリと呟いた言葉を聞き、ちらりと後ろを振り向いた。


あの男は未だ、不気味な様子で佇んでいた。




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