黒薔薇は華麗に咲く【9】

「陛下が、訪れるとの事です。」


侍女がにこりと笑い告げた言葉に、一は小さく肩を揺らした。



(また、あの様な思いをするのか…)



前回の訪れの事を思い出すと憂鬱にな気持ちになるが、あからさまにそんな態度を出すのはまずい。かと言って喜ぶ様な態度も取れず、「そ、うか。」と淡々とした返事になってしまった。



「では、早速お支度をしないといけませんね!」


憂鬱な一とは裏腹ににこにこと笑い千鶴が明るい声が部屋に響く。


「それと、陛下はお夕食を皇妃殿下と共におとりになられるとのことです。」


「え?」


思わず驚きに声を上げてしまった。それは千鶴も同じようで大きな瞳を丸くしている。でも、流石は王宮に使える侍女といったところか、すぐに笑顔を浮かべると「では、とびきりの装いをして陛下を驚かせましょう。」 と他の侍女達にも声を掛けて準備を始めた。




何の気まぐれなんだろう…。



一は浮かれる侍女達を後目に不安でいっぱいだった。




□□□□□



こちらに来て初めて誰かと一緒に食事をとることとなった一は、不安と緊張でいっぱいだった。食事は美味しいはずなのに、味を感じずただ飲み込むので精一杯だった。


広いテーブルで夫とは向かい合い座っているのだが、何の会話もなく淡々と食事が進んでいく。



「…おい。」



「は、はい。」



このまま無言で終わるのかと思っていたところに、急に話しかけられ驚いてフォークを落としてしまった。何たる失態と顔を青ざめさせると、溜息が聞こえた。



「怯えなくても、そんな事で殺したりはしねぇよ。」



「いえ、あの…」



「食の進みが悪いから体調でも悪いのかと思っただけだ。」


むすりとした顔で告げられた言葉に、きょとりと瞬くと己の皿を見ると、メインの肉がまだ半分以上残っている。夫の皿は空だ。確かに進みが遅いのは自覚しているが、まさか体調を気遣われるとは…。




「…体調は問題ありません。その…お気遣いありがとうございます。」



ぎこちなく一が笑みを浮かべると、夫は無言で顔を背けた。給仕が用意してくれた新しいフォークを使い、一は急いでしかし上品に肉を口に運んだ。それは悟られぬ程度ではあったのだが、また夫から「んな、急いで食わなくていい。」との言葉が掛かった。



どうしたのだろう。何か優しい気がする。



結局、一は何とかデザートまで食べ切る事が出来たのだった。




□□□□□



侍女達に隅から隅までまたもや磨かれた一は、寝室で落ち着かない思いで夫の訪れを待っていた。


今日の夕食の時の夫は何だか不器用ながら優しさが見えて緊張が少しは和らいだが、閨事もそうだとは限らない。



義務での訪れなのだから、仕方ないのかもしれないが、それでも冷たくされるのは辛い。せめて、少しは会話出来ればマシかもしれない…そんな思いを抱きつつ、でもそう望めないだろうなと溜息をついた。



ノックの音が聞こえ外から千鶴が「陛下がいらっしゃいました。」と言ってきたので、立ち上がると開いた扉から千鶴と、そして夫が入ってきた。



(どうしよう…)



淑女の礼をしながら、一はきゅっと唇を噛み締めた。



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