黒薔薇は華麗に咲く【8】


あれから1週間経つが、夫が訪れることは無く一は少しばかり安堵していた。いくら役目と割り切ろうと思っても、やはりそう簡単に気持ちの整理がつかないので丁度いい。



千鶴のいれてくれた紅茶を飲みながら一は、ちらりと傍で控えている千鶴を見遣る。何だか落ち込んでいる様子にも見えるのは気のせいだろうか。千鶴は、ウメや美鈴以外では1番気の許せる侍女だし何かあったのなら相談くらい乗ってあげたい。そう思った一は、紅茶のカップを置きゆっくりと口を開いた。


「千鶴。」


「はい、何でしょう。」



にこりと微笑む千鶴の目をじっと見つめると一は「何かあったのか?」と尋ねる。すると千鶴はきょとりと目を丸くし首を傾げた。



「私の気のせいかもしれないが、どこか落ち込んだ様子に見えたから…。」



そう告げると千鶴は困惑気味に瞬くと「申し訳ございません。少し兄の事が気になってしまって。態度に出してしまうとは…」 と答えた。



「千鶴にはお兄様がいるのか。」


「はい。兄といっても双子なので、あまり兄って感じはしないのですけど。」



ふふっと優しげに微笑む千鶴は、そう言いつつも兄を誇ってる様子で、一は羨ましく思った。


「兄か…いいな。」


「皇妃様はご兄弟はいらっしゃらないのですか?」



千鶴の問に一は苦笑するとふっと窓を見やった。


「いない。…でも何年か前に父が愛人との間に子をもうけたと聞いたから腹違いの妹か弟はいる。きっとその子が家を継ぐのだろう。」



一の答えに千鶴はなんと言ったら良いのか分からないといった顔で「そう、なんですか。」と言うので、それがおかしくて一はクスリと笑った。



「羨ましいと思うけど、こればかりは仕方ないな。千鶴のお兄様はどんな方なの?」




「薫…兄は薫と言うんですけど、意地悪でしょっちゅう私のことをからかって遊ぶんですよ。それに生意気だし、誰にでもそんな態度で、もうハラハラしちゃうんです。」



「ふふっ、そうなのか。」



この間だって…と口では不満を言ってるのに、千鶴の顔は自慢げで誇らしそうだ。何だかその様子に一も癒され笑顔を浮かべていた。




□□□□□



「陛下、少しお話しがありますがよろしいでしょうか。」



会議の終わり、宰相である山南が皇帝である土方にそう声を掛けた。その声に土方は面倒そうにではあるが、「何だ。」と答えた。椅子に腰を下ろした所を見ると、きちんと聞いてくれる気があるらしい。
その様子に満足そうに山南は笑みを浮かべると、「皇妃殿下についてです。」と告げた。


土方は無言で眉をピクリと動かすと、続きを促した。


「皇妃殿下の元をいつお尋ねになりました?」



「そんなの聞かなくても分かるだろうが。」



嫌そうに顔を歪める土方に山南は、ますます笑みを強くすると「敢えて陛下の口からお答え頂きたいのです。」と強く言い切った。


「はぁ…1週間前だが。」



「そう!1週間!しかも1度だけ!愛妾の方達の元にはそれなりに足を運んでいるというのに。」



愛妾との間に子供を作っても後継者にはなり得ないというのに。にこにこと笑顔で迫る山南に、土方はバツの悪そうな顔で「分かった、近い内に皇妃の所に行けば良いんだろ。」とぶっきらぼうに言った。


「ええ。でないと皇妃殿下の立場を軽んじる方達がいますからね。ああ、それといきなり心を開けとは言いませんが、少しは皇妃殿下と会話をしてください。」


「あ゙あ゙?」



胡乱げに山南を睨む土方に山南は、呆れたような困ったような顔で溜息をついた。


「本来の、貴方は会ったばかりの女性と親しくはしなくても、それなりに愛想を振りまく事はお上手でしたよ。」



皇妃殿下は何も分からないまま、貴方にキツく当たられて流石にお可哀想です。貴方の方が年上なんだから、少しは歩み寄りというものをして下さい。



山南にそう諭され土方は眉間に皺を作ったまま黙り込んだ。



「貴方が私達以外の人を信じられないようになってしまったのも、分かっています。別に皇妃殿下を信じろとは言いません。ですが、そうですね…皇妃殿下に好かれる努力をなさったら如何ですか。」



皇妃殿下は、素直なご様子ですし、惚れた人を裏切るような真似はしなくなると思いますよ。それに今のままですど、余計な火種にとなりかねませんからねー。



「…」



土方は山南の言葉にむすりとした顔のまま舌打ちすると、サッと立ち上がり部屋を出ていった。



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