黒薔薇は華麗に咲く【4】


「斎藤一でございます。」


薄桜国の重臣達に囲まれ、正面には夫となる皇帝が椅子に座る中、一は淑女の礼をしながら挨拶をした。緊張していた上、元々にこやかな顔など出来ぬ性分なせいで、恐らくどう見ても噂の皇帝を前に怯えている新妻のように見えてしまっただろう。



「ふぅん、嫉妬に狂って嫌がらせをした悪女というから、どんなキツい女かと思えば、意外と大人しそうなものだな。」



面白がっている様で嘲笑を隠しもせずに言う皇帝に、一はビクリと小さく肩を揺らした。既に一が此処に嫁入りする事になった理由は知れているようだ。ここで違うのだと言っても信じて貰えぬだろう。


「顔を上げよ。」



その声に一は顔を上げ夫となる皇帝を見遣り、驚きに小さく目を見開いた。噂では大柄で鬼のような恐ろしい顔をした男でお世辞にも容姿が良いとはいえないということだったが、実際はどうだろうか。椅子に気だるげに座っているが、すらりとした体躯に艶のある黒髪は肩につかない辺りで切りそろえられ、小さな顔は端正に整っており紫の瞳は冷たく此方を見ていた。噂とは真逆の美貌の皇帝に一は失礼にもまじまじと眺めてしまった。


(でも、とても冷たい瞳をしている。綺麗な瞳なのに勿体ない…。)



「土方歳三だ。お前がどんな女だろうと興味はない。俺に好かれよう愛されたいと願わないことだ。お前は皇妃として好きにすればいい。」



そう告げると、もう関心はないとばかりに一に下がるように告げた。




□□□□□



一には第1皇妃として雪月という離宮が与えられた。広い離宮の一室の窓から外を見遣り、寂しげに目を伏せた。雪月という綺麗な名前とは裏腹に離宮の窓から見えるのはみすぼらしい木々が所々あるのみの寂しいところだった。



「皇妃殿下、どうかされましたか。」



穏やかな声に振り向けば、自分とそう変わらない年頃の侍女である雪村千鶴がお茶道具とお菓子の乗ったワゴンを押して立っていた。



「いや、何でもない。」



「そうですか。お茶とお菓子をお持ちいたしました。」


「…ありがとう。」



ここの侍女達は、一を女主人と敬ってはいるがよそよそしく、冷ややかな態度といってもいいようなもので、その中でこの千鶴という侍女は表向き穏やかに親しみを持って接してくれている。一緒に来た美鈴はここの侍女についてこの国の勉強しているので、ずっと傍にはいない。ウメも、また乳母という立場ではあるけれど、この離宮の中では何の力もない。少し1人になりたいとウメに息子夫婦に手紙でも書いたらどうだと促して、気分転換をさせていたところだった。



「この国の、貴族の女の子達が好んで食べているお菓子なんですよ。」



「そうなの…美味しい。」



美味しい筈なのに、とても物悲しい気持ちになるのは何故だろう。



「そういえば…皇帝陛下には挨拶をしたが、皇后陛下にはご挨拶していないのだが…。」



そう千鶴に言ってみれば、千鶴はさぁっと顔色を変え口を開いた。


「皇妃殿下、恐れながら皇后陛下の事は禁忌とされております。くれぐれも皇帝陛下の御前でその名を口に出しませんように。」


「禁忌…?」



千鶴にしてはキツい口調に、一はぎょっと目を見開くと頷いたが、何故という疑問は消えず「何故…」とおずおずと尋ねた。それに渋々といった様子で千鶴は口を開いた。



「皇后陛下は…皇帝陛下暗殺未遂の罪で幽閉されております。」



next
- 4 -
[*前へ] [#次へ]
戻る
リゼ