黒薔薇は華麗に咲く【10】
緊張に見るからにガチガチな一を見遣り夫は、小さく溜息をつくと、ソファにどかりと腰掛け、一に向かいのソファに座るよう促す。どういう事だろうと戸惑いながら、従う一に夫はムスッとした表情のまま口を開いた。
「今日は、乱暴にするつもりはねぇから安心しろ。」
「はぁ。」
いきなりの事で間の抜けた声で返事をしてしまったが、つまりどういう事だ。この前みたいにはならないということか?
「…お前、陸だったか?元婚約者の事は好きだったのか?」
「…幼馴染としての好意はありましたが、恋愛的な意味と言われると分かりません。」
何故このような事を聞かれるのだろうと内心首を傾げながらも答えたが、夫はあまり興味もなさそうに頷くだけだった。
「それで、嫉妬して嫌がらせ云々の話は本当か?」
じっと見てくる紫色の瞳は、いつもよりは冷たくない気がする。(といっても冷ややかではないというだけだが。)信じて貰えないだろうなと思いながら一はきゅっと両手を握り締めると口を開いた。
「私は何もしておりません。」
「俺が聞いた話では、何といったか…とある令嬢に嫉妬して色々やったという事だが。」
冷たい瞳が愉快そうに光るのが見えて、一はやっと夫の人らしい所を見つけることが出来た。確かに、あちらでは教科書を破いたり、ゴミを机に置いたりした嫌がらせから、無法者を雇ってレイナ嬢を襲わせようとしたとかいう罪を挙げられたが、何一つ心当たりがないものだった。
「そもそも、その令嬢とはお会いした事はなく存じ上げませんでした。」
夫の顔をしっかり見つめ胸を張ってそう告げれば、夫は目を僅かに見開くと、くつりと小さく笑った。
(この人も笑えるのか…。)
「なのに、このザマか。」
可笑しそうに笑う夫に、一は何が可笑しいとムッとする暇もなく笑う夫を見て、目を見開いた。
「何だ、俺が笑うのがそんなにおかしいか。」
「…いえ、ただ…初めて見たなと…」
「お前、馬鹿にされてるのは自覚あるのか?」
「…はい」
「確かにお前みたいな奴に、嫌がらせなんていう事は出来なさそうだ。馬鹿正直っぽいからな。」
くつくつと笑いながらそう告げる夫に喜べばいいのか、怒ればいいのか分からなくて一は困ったような顔で首を傾げた。
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どういう心境の変化なのだろう。閨事が終わればさっさと去ってしまうだろうと思っていた夫は、まだ部屋にいて…。以前のような義務だとあからさまに分かるような行為でもなく…。悲しいとかそういうのを感じる事はないが、困惑でいっぱいだ。
2人で横になっても広々としているベッドだけれど、隣に夫がいるとなると何だかどうしていいのか分からなくて一はぎゅっとシーツを握りしめた。
(ど、どうすれば…ウメ…千鶴…助けて…)
「…寝る。」
「あ、はい。…おやすみなさいませ。」
「ああ。」
と、とりあえず寝よう。そうすればきっと大丈夫だ。
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