秘密
新撰組頓所内-
月光が淡く輝く、深い闇の中
足音を立てずに、どこかに向かう一人の青年の姿があった。
「よし…誰もいないな。」
青年は風呂場の中を覗くと、一人ホッと息をついた。
深い蒼色の、少々癖のある長い髪を右側に緩く結び黒い着物を着ている青年…斎藤一は、素早く着物を脱ぎはじめた。
何故、斎藤が人目を避けるように風呂に入るのか…
それは誰にも知られてはならない秘密を持っているからだ。
風呂場に入り、胸元に手をやり手慣れた仕草で巻いていたサラシを解いていく。
サラシの下から出てきたのは、痛々しい傷痕等ではなく、まろやかな綺麗な曲線をした乳房であった。
そう…斎藤一は、正真正銘の女性である。
では何故、女であることを隠し、男として生きているのか…。
それは武士であることを望んだ、それ以外の理由はない。
女の身で刀を握り、生きて行くことは出来ない。
ならば・・・と女を捨て男として生きることを選んだ。
湯に浸かり、ゆっくりと息を吐き出した。
何度、女の身である自分を悔やんだ事だろう。
兄が剣術の稽古を見ていることしかできなかった自分。
それでも隠れて稽古をしては、見つかり親に叱られていた日々。
―女は嫁に行き家を守るのが仕事です。刀など、女に必要はありませんよ―
そう涙ながらに母に説得された。
ただ、親に言われるがまま心を殺し好きでもない男の元に嫁ぐなど御免だった。
だから家を飛び出し、男として・・・武士として生きてきた。
自分で選んだ道だ、後悔などない。
そのはずだった・・・・。
なのに近頃は、男として偽って生きる事を辛く感じている。
身体的にも、精神的にも・・・・。
「・・・・・・。」
じっと、自分の胸元を見ては溜息をついた。
男装を始めた当初は、あまり目立つことのなかった乳房が年々と成長しサラシで抑えるのも難しくなってきた。
集団での生活が予想以上に苦痛をもたらしていた。
日々、女であることがバレぬように気を張り詰め緩めることができない。
風呂に入るにも誰もいない時間帯を見つけて、こっそりと入ることになる。
そして何よりも、斉藤を追い詰めていたのは捨てた筈の女としての感情だった。
始めは憧れだった。右差しの自分を認めてくれた存在。綺麗な顔をしているのに、口は悪く、でも筋のまっすぐ通った人。何も言わずに信じてくれた人・・・。
土方を、憧れではなく一人の男として懸想しているのだと気づいたのはいつだったか・・・。
それでも最初は、ただ側に居れるだけで、役に立つことができればそれで良かった。
なのに何故だろう・・・。
いつからか、愛されたいと願うようになった。
その腕に抱きしめてもらいたいと
浅ましい願いを抱く己がいる・・・。
「・・・愚かだ。」
ポツリと、そう呟くと立ち上がり出口に向かおうとした時だった。
ガラリと音がして、戸が開き目の前に土方が現れた。
「・・・・ふ、くちょう・・」
「さ・・・斉藤・・か?」
しばらくの間、両者ともただ硬直し互いに見つめ会うことしかできなかった。
「・・・・風呂から出たら、俺の部屋に来い。」
我に返ったのは土方の方が早かった。さっと後ろを向くと、【事情を説明しろ】と告げ去っていった。
「み・・・見られた・・。」
バチャリと音を立て、湯の中にしゃがみ込むと呆然と土方が出て行った戸を見つめた。
そう、よりにもよって土方にバレてしまったのだ。
どうして、気づかなかったのだろう。
ああ・・・どうしよう。
だが、いま斉藤の心が占めているのは男と偽っていたのがバレたという事ではなく
土方に、己の裸を見られたという事に酷く衝撃を与えていた。
「・・・早く、行かなくては。」
ふらりと青白い顔で立ち上がり、風呂場を後にした。
「副長・・・斉藤です、失礼してもよろしいでしょうか?」
「ああ、入れ。」
何とか、身支度を整え土方の部屋に着いた。
障子を開け、中に入ると土方は文机の前に腕を組んで座っていた。
土方の向かいに座り、ぎゅっと膝に置いた手を握り締める。
「で、説明してもらおうか。何故、男だと偽った。」
眉間に皺を作り低く怒りを押し殺した声を発する土方に、ビクリと体を震わす。
「・・・女では、武士にはなれぬからです。」
「何故、新撰組に入った。こんな男だけの集団に、いくら男と偽ったとしても女のお前が楽に暮らしていけるわけがないことくらい分かってたはずだ。」
「武士として身を立てたかったからです。それに、知られることはないと・・・」
「馬鹿野郎!!現に俺に知られちまってるじゃねぇか!!んなんで、バレねぇだと?甘すぎるんだよ。それにな・・まだ俺だから良かったものの、他のやつに知られたらどうするつもりだったんだ。」
斉藤の返答に、怒鳴りつけると呆れたように溜息をついた。
「・・・・・。」
知られたらどうなるのかなど、考えたことがなかった。知られることなど無いと踏んでいたから・・・きゅっと唇をかみ締め俯く。土方の言うとおり、考えが甘かったのだ。
「考えてなかったのか・・。斉藤、ここは男所帯って事は嫌ってほど知ってるな。だから、男が【女】に対しどんな欲を持っているかも分かっているよな。」
その土方の問いに小さく頷く。身近な所では、新八や佐之から始まり平隊士達もがよくその様な内容を話しているのを耳にしている。
「だったら、こんな男所帯で【女】がいるってなったらどうなるか想像はつくだろう。」
「・・・・。」
想像し、さあぁと血の気が引くのが分かった。我知らず、カタカタと小さく体も震えていた。
怖い・・・・
そう感じた時、何か暖かいものに包まれた。
「まったく、やっと自覚したのか。」
苦笑とともに優しげな声が上から降ってきた。目の前には、紫色の着物に包まれた胸板、背中に感じるのは誰かの腕・・・・土方に抱きしめられているのだと、理解するのに数秒を要した。
ゆっくりと顔を上げると、呆れたように笑みを浮かべている土方が目に映る。
「いくらお前が女だってわかっても、今の状況じゃ組を抜けさせてやれねぇ。羅刹の事もあるが何より、いまお前に組を抜けられちゃキツイんでな。悪いな。」
「いえ、俺はここに・・武士として皆の・・貴方の側に居たいんです。」
心苦しげに眉間に皺をよせ溜息をつく土方に、たどたどしくも思いを告げる。そんな斉藤を強く抱きしめると、さらに辛そうにポツリと呟く。
「お前には、汚い仕事や辛い仕事をさせてきた。そして、お前以外にやれそうな奴もいねぇ・・・だから今まで通りお前に任せる・・。でも、拒否してぇ時は無理しなくていい。」
「いえ、副長の・・・新撰組のためになるなら、俺は何でもやります。副長・・・お気遣いありがとうございます。ですが、今後はバレぬよう一層気をつけて生活しますので、副長はお気になさらず今までどおり扱ってください。」
「・・んなこと、できるわけねぇだろ!!」
そう怒鳴りつけると、抱きしめていた体を畳に押し倒し抑える。
「もし、こんな風な状況になったらどうするつもりだ。」
「ふくちょ・・。」
斉藤も、慌てて土方の腕から逃れようとするが、押さえつける力が強くビクともしない。何故、どうして?このような事になっているのだ。混乱する頭で必死に考えるが、どうにもならない。
「こんな抵抗もできねぇで、何が【お気になさらず】だ。どんなにお前が剣術が強くても、力で押さえつけられちゃ、おしまいだってことを知れ。」
「・・・俺は、あんたの・・・副長の役に立てればいいんです。だから・・・。」
きゅっと唇を噛み、溢れる涙で霞む瞳で土方を見つめる。
「はぁ・・・ほんと、頑固だなお前は。だったら、俺の為に自分を大事にしてくれ。お前になんかあったら、仕事が手につかねぇ。」
―いいな―
そういって、優しく微笑むと斉藤の頬に手をあて流れた涙を拭う。
「・・・善処します。」
頬にある土方の温もりに、甘えるように摺り寄せながら答えた言葉に【ほんとに、頑固だよ、お前は】という苦笑と共に、「とりあえず、バレねぇように徹底しねぇとな」と呟いた土方は、斉藤のためにあることを決めたのだった。
この日を境に、土方はある一定の時間帯は風呂の使用禁止にすると隊士に告げ
その時間帯は、斉藤のみが使用することができるようになった。
たまに、二人で入るという秘密ができるようになるまで、あと少し・・・。
End
り、林檎様・・・・申し訳ありませぇぇん!!なんか、こんな無駄に長い駄文に仕上ってしまいました・・(泣)とりあえず、「見られた・・・。」ってショックを受ける、斉藤さんが見たかった。それだけなんですぅぅ(泣)書き直し承ります。
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