夕陽
薄桜学園高等部の職員室



煙草をくわえながら、不機嫌そうに顔を歪める一人の若い男性教師がいた。

「一体、なんだってぇんだよ。」

わしわしと髪を掻きむしり、机に突っ伏す男…土方はぐったりと力を抜いた。


「大丈夫か、土方さん?」

「あー…原田か。」

ムクリと起き上がり、声をかけてきた男…同僚である原田佐之助の方に目をやる。


「最近、何か様子がおかしいけど何かあったのか?」


「………。」


「………。」



あったさ、現在進行形でな。


「……斎藤に、避けられてる。」


「はぁ!?」


そう、避けられてるのだ。
あからさまにではないが、必要以上に近づいて来ないのだ。あの斎藤が…。


別に教師と生徒という関係なら、それは普通だ。しかし斎藤は生徒ではあるが、大事な恋人でもあるのだ。

しかも前世から想い続け、やっと手に入れた恋人だ。

そんな相手に避けられてる…その現状に土方は苛立ちを隠せずにいた。


避けられる心当たりもなければ、原因もわからない。



何とか聞き出そうとするも、流石は新撰組三番組組長だった相手だ…上手く逃げられた。



ここ数日、捕まえては逃げられてを繰り返していた。



「何だって、斎藤はそんな真似をしてんだろうなぁ。」


「それが分かれば苦労しねぇよ。」

そう言って肩を落とし、頭を抱える土方に原田は苦笑を浮かべると、斎藤の様子を思い出し眉を寄せる。


確かに、言われてみれば土方を避けていたようだが、それでも視線は土方を追っていた。しかし、その視線はどこか切なげであったようにも見えた。まるで、気持ちを無理に抑えているように。


それに、千鶴も《最近、朔さんが元気ないんです》と心配していた。


一体、斎藤の身に何があったんだ…?




「一君が土方さんを避ける理由、僕知ってますよ。」


「「……総司!?」」


いきなり背後に現れた沖田に、ギョッとしながら後ろを向くと背後を真っ黒に染め上げ笑う姿があった。






「いきなり後ろに立つんじゃねぇよ。まったく…で、その理由ってのは何だ。」


「気づかない方が悪いんですよ。一君が土方さんを避ける理由は…音楽の三谷って教師がいるでしょ。その人のせいですよ。」

忌ま忌ましいといいたげに吐き捨てると、顔は笑みを浮かべてはいるが目には怒りが浮かんでいた。


「どういう事だ?何だって、そこに三谷先生が出てくんだ。」



総司が斎藤が妙に、三谷を警戒してるのに気づき問い詰めたところ


音楽の授業の後に、斎藤が一人呼び出されたらしい。

そこで、あまり土方さんに近づかないよう警告されたらしい。


良からぬ噂が立っては、土方さんに迷惑がかかる。

あなたは、ただの生徒でしかないんだから弁えなさい。



そこまでは、教師としてはもっともな事であるのかもしれないが…。




あなたの様な娘に、付き纏われて土方さんも迷惑している。


あなたなんて、土方さんに相応しくない。


等など、嫉妬としか受け取れない言葉を一方的に投げ掛けられたらしい。



「ホント、どっちが相応しくないんだか。あんな人より、一君のが全然いいじゃないですか。まったく、昔だったら斬ってましたよ。」

むすっとふて腐れた表情で、《一君も、何でそんな言葉を真に受けるんだか》と愚痴愚痴と呟いた。


「そういや三谷先生、結構露骨に土方さんに迫ってたな。やれやれ、それで斎藤に嫉妬か…。」

原田は呆れたように肩を竦め、先ほどから黙ったままの土方をみやる。



「……。」


不機嫌そうな表情は変わらないが、それでいて怒りを堪えているのだろう、拳が固く握られている。


「…総司、原田、後は頼む。」


そう言い残すと、ガタリと音を立てその場を後にした。



「……ありゃぁ、かなりキレてんなあ。」


この後起こるだろう光景を想像し、三谷には同情する気持ちも湧かないでもない。しかし大事なもんを傷つけられた土方は容赦はしないだろう。


「まぁ、自業自得ってやつか…」


「ふん。二人とも世話がやけるよね、まったく。」


やれやれと首を横に振りながら、その場を後にする総司を見送り、原田も、フォローをすべくある人の元に向かうのだった。









■■■■■



「三谷先生、ちょっと話があるんだが…。」


怒りにまかせ怒鳴りそうになるのを抑えてはいるが、出た声は思ったよりも低く重く響いた。


「な、なんでしょう?土方先生。」

土方の様子に、一瞬怯えたように肩を震わせるがすぐに媚びを含んだ声を発してきた。
三谷は、確かに美人の部類に入るだろう。しかし、男に媚びてくる態度や、女を全面に出している服装や化粧…全てが凛とし、清廉とした斎藤とは大違いだ。

この女が、斎藤に言った言葉の全てが許せねぇ。


「あんた…斎藤に好き勝手言ってくれたようだが、どういうつもりだ。」


「な、なんの事かしら?私は、生徒として教師の迷惑になるような真似はやめるように言っただけですわ。」


「迷惑?俺は、斎藤に迷惑なんてかけられちゃいねぇが。あんたの言う、迷惑ってのはなんなんだ。」


一歩、一歩、追い詰めるように前に出ると、三谷は怯えたように自分の肩を抱きしめ後ずさるが、キッとこちらを睨みつけ、真っ赤に染められた唇を開いた。


「だって…あの子は生徒じゃないの!なのに、あの子の目!あの目は土方先生が好きだっていう熱をもってたわ。それに、土方先生も…。何で、私じゃないのよ!あんな子より私の方が、土方先生に相応しいわ。」



「ふざけたこと吐かすんじゃねぇ!!あんたが相応しいだぁ?んなの、こっちがお断りだ。俺は、斎藤だから、愛してんだ!あんたにアイツの何が分かって、斎藤の事《あんな子》だ、《私の方が》だ?アイツはな、俺にとっては誰よりも大事なやつなんだよ!わかったら、これ以上、俺にも斎藤にも関わるな。」


「な、何よ…。教師と生徒なんて、これがバレたら…。」



「かまわねぇな。そん時は、教師を辞めるつもりだ。斎藤には可哀相な真似をしちまうかもしんねぇが…斎藤より大事なもんはないんでな。」



《ガラッ》


「それは心配いりませんよ。校長先生は、土方先生と一君の事、とぉくにご存知ですから。」


「な…!」


「総司、お前…。」



後ろを向くと、ドアに寄り掛かりながら、にこりと笑みを浮かべ立つ総司がいた。


「あぁ、そうだ!三谷先生、校長先生がお呼びですよ。さっさと、行ったらどうですか?」



「なっ…!」


にこりと笑い、出ていけと追いやる仕草をされ頭にきたのだろう


キッと眉を釣り上げ、怒鳴ろうとした三谷だったが、総司が笑みを消し睨みつけるとビクリと震え、無言で姿を消したのだった。


「総司…お前は、何しに来やがった。」


総司が乱入してきたお陰で、怒りの向け処を失い、ガックリと肩を落としてしまう。


「やだなぁ。せーっかく、誤解を解いてあげようと思ったんだけどなぁ。ねぇ、一君?」


「なっ…!?」

ギョッとして、総司を見るとにやにやと笑いながら、自分の背後を指した。


「ひ、土方せんせ…。」


そこには、顔を真っ赤に染めた斎藤が佇んでいた。

「じゃぁ、僕は帰るんで。後は、自分でしてくださいね、土方せ・ん・せ!」


斎藤をぐいっと教室に押し込め、ピシャリと音を立てドアを閉めていってしまった。

「あー…悪かったな、斎藤。嫌な思いさせちまって。」


気まずい空気が流れる中、ゆっくりと斎藤に近づくと、小さく首が横に動くのが見てとれた。


「…俺の方こそ、嫌な思いを土方先生にさせてしまいました。」

-申し訳ありません-

そう小さく紡がれる言葉に、胸が痛む。
斎藤は、決して人を…土方を責めないのだ。それは今でも変わらない。今回の事だって、そうだ。原因は土方にあるのに、それでも責める事なく、自分の非を謝罪してくる。本来なら、誰よりも責める権利があるのにだ。

「…そうだな。お前に避けられるのは正直、参った。だが、そうさせたのは俺だ。すまなかった。」

そういって、俯き立っていた斎藤を引き寄せ抱きしめる。

「…土方先生のせいではありません。三谷先生に、言われて気づいたのです。確かに、俺といることで良からぬ噂が立っては、土方先生に迷惑がかかってしまいます。浮かれていた俺は、それに気づこうとしなかった。それに…怖くなりました。本当に、俺でいいのかと…。こんな俺よりも、三谷先生のがいいのではないか…。そう考えたら、土方先生に会うのが怖くなってしまい、それで…。」


「まったく、お前ってやつは…。俺は、お前と噂になっても迷惑なんて思わねぇよ。もしもの時は近藤さんには悪いが、この学校辞めるさ。それにお前がいいんだ。お前以外はいらねぇよ。」


-だから、もう二度と離れんじゃねぇぞ-


そう耳元で囁くと、斎藤はぽろぽろと涙を流しながらも

-はい-

そう答えたのであった。





教室の中で二人…ただ抱き合う恋人達の姿を、夕陽が暖かく照らしていた。







end

恵様、リクの「土方さんが一方的に追いかける」っという事でしたが、全然一方的じゃなくね?あれ、追いかけてなくね?って感じになってしまいました。しかも無駄に長い!一応、長編の番外編でも可っということでしたので、土斎が恋人関係になった後って形にさせて頂きました。しかも、勝手にオリキャラ登場させちゃいましたし。何か、こんなんで申し訳ありません。
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リゼ