月影【8】

土方が王についてから、まず困ったのがこの世界の理についてだった。何せ日本とは全く違う世界だし、国を治める頂点にいたわけでもない。そう簡単に治められる筈がなかった。宰輔の臣下である三公にこの世界の事を教わってはいるが、同時進行で国を建て直していかなければならない。そして、目下の土方の悩みといえば初勅をどうするかという事だ。王になって初めての国に出す勅命だ。おいそれと簡単に決められるわけがない。が、出さずにいるのもまずい。



「どうするか…。」



「初勅のことですか?」



「ああ…。どのような国にしたいのか明確な目標がないんだと痛感させられた。お前はどんな国がいいと思う。」



「争いのない国に。飢えることなく親が子を捨てる事の無い国が良いです。」



「そうか…そうだな。」



土方は薄く笑みを浮かべると、一の頭をポンっと撫でる。だが、今の雁の状況じゃそれを叶えてやれるのも何十年先になるやら。とにかく努力するしかない。そして、とりあえず目下の問題は初勅だ。




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官吏というものは自分の良いように持っていこうとするところがあるから困りものだ。しかも雁は王が不在の時期が多かったため、官吏達はそれに慣れ冢宰である精莢を中心とし動いていた。王である土方もまだこの世界を理解していないことから御せないでいた。いわば傀儡状態だ。



「全く、早くこっちの世界を理解して官吏の整理をしないとな。」



冠を乱暴に寝台に脱ぎ捨てると、そう呟く。大師達三公は「まず玉座にいることが大切だ」と言った。そうすれば妖魔は出なくなり天災も減る。国を豊かにしてやろうというのは、それからで良いのだと。
だが、このままではダメな気がする。だが、どうするか。このまま幻英宮にいても進展しない気がする。



「そもそも、民がどんな暮らしをしているかとか知らなねぇんだよな。」



ここにいては分からない。ならば、いっそ市井に出てしまえばいいんじゃないか?そうだ。それがいい。



ニヤリと土方は笑うと部屋を出ていった。




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「王宮を出る!?」


土方の言葉に一は驚きに目を見開きつい大声を出してしまった。


「ああ。暫く市井に下りて暮らしてみる。官吏には、そうだな…奏国にでも留学したとでも言っておけ。」


「そんな…奏国は確かに400年続く国ですが、あまり交流は…」


「いいんだよ、そんなの。とにかく俺は王宮を出る。もう決めた。」


「では、私も…。」


「馬鹿か、お前まで居なくなったらダメだろ。」



苦笑しながら止める土方に一はショックに声も出せずにいた。土方は王が嫌になったのだろうか…。だから出ていくのだろうか。そう不安に思っていたら顔に出ていたのだろう。土方は安心させるように一の頭を撫でると口を開いた。


「俺は贅沢したくて王になった訳じゃない。王になったからには責任を果たさなければならない。だが、このままだと俺は何も出来ない。だから、市井に下りて民達がどんな暮らしをしているのか、実際に見てみたいんだ。」



「……。」



「何かあれば、この世界で1番速いというその脚で駆けて来てくれ。麒麟は何処にいようと王を見つけられるんだろう。」



宥めるように頭を撫でる土方の手を取り握ると一は渋々といった感じで頷いた。



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