月影【6】

新政府軍との戦が開戦してもまだ、一は蝦夷の地に留まっていた。あちらこちらから砲台や銃の音が聞こえてくるし、血の臭いが漂い一の身体を蝕んでいく。


土方には万が一に備えて、こっそり使令をつけてあるがあちらにはない武器に、どう対抗できるか分からない。



『 台輔…大丈夫ですか?』


「…大丈夫だ。」


李承の声に返す言葉もか細く信憑性は薄い。だが、今更ここを離れる気力もない上、どうにも去りがたいのだ。そんな時だった土方に付けていた使令、冗祐の声が聞こえたのは。


『 台輔、主上が…』


「冗祐!土方さんがどうしたのだ。」


声の方に駆け寄ると、冗祐の背に血だらけで倒れふす土方の姿があった。一は息を呑むと血の匂いに倒れそうになるのを堪え冗祐から土方を降ろした。
まだ息はある。それにほっとしながら「土方さん!」と悲鳴のような声で呼びかける。


『 どうやら何者かに撃たれたようです。お傍についておきながら、申し訳ございません。』


「っ…そうか。土方さん!目を開けて下さい!」



何度目かの悲鳴地味た一の呼びかけに土方は、うっすらと瞳を開けた。


「…な、んだ、まだ、いたのか。」


切れ切れにそう告げる土方に一は泣きそうになりながら、頷いた。このままでは、土方は死ぬだろう。そう分かるほどに顔に血の気はなかった。一はくっと歯を噛み締めると口を開いた。



「生きたいか?」



「…はっ…死んで、られねぇ、な。部下達を、放ってはおけないからな…」



「生きるためには、何もかも捨てなくてはいけなくてもか。この国とも、仲間とも別れなくてはならない。」



その言葉に土方は小さく目を見開くと、「どうだろうな。」と呟いた。「今まで、散々人の命を奪ってきた。むざむざ死にたくはねぇが、人間死ぬ時は死ぬ。俺はこれ迄だってことだろうよ。」そう語る土方に一は涙を流しながら唇を噛み締める。


「はっ…ばか、だな。なに、泣いてやがる。」


億劫そうにゆっくりと手を動かし一の頬に流れる涙を拭う土方は薄く微笑むと、「美人に看取られ死ぬんだ。これもまたいい死に方かもしんねぇな。」と冗談めかして告げた。それに一はふるふると首を振ると「私はあんたに死んで欲しくない。」と幼い子供が我儘を言うかのように告げる。そして、土方を土手に横たえると足元に額づく。


「天命をもって主上にお迎えする。御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと、誓約申し上げる」


今まで恐れていたのが嘘のようにするりと出てきた言葉に驚くこともなく、ただ土方の許しを待つ。


「…はじめ?」


「許すと、そうすればあんたは死なずにすむ。頼むから、許すと…!」



切なる一の訴えに土方は目を見開くと、小さく息を着いた。


「何を許すのかは知らねぇが、許す。」



そう言うと土方は気を失った。一は泣きながら起き上がると血に汚れるのも気にせず土方に抱きつき、そして意識を失ったのだった。




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