月影【4】


無意識に蝕を起こし蓬莱…日本へと渡った一は、故郷のあまりの変わりように最初ここが日本だとは分からなかった。戦で荒れ果てた京はきっちり整備され家々が並んで賑わっていた。だが、一見平和に見えるが、戦が起こっているらしい。どうやら江戸幕府というものと、攘夷すべきという藩が戦っているらしい。江戸幕府?というものには聞き覚えがないので、自分があちらへ渡ってから、かなりの年月がこちらでは経っているのは理解した。もう家族もいないだろうと京を出ると気ままに旅をしてみることにしたのは、数年前のこと。今、一は蝦夷と呼ばれる地にいた。



どうも幕府軍は蝦夷へと本拠地を構えたらしく、海を越えて新政府軍と睨み合っているが、情勢は幕府軍に不利に働いているらしい。ここの所、一の調子は最悪といっていいだろう。寒さに凍えながら、今日の宿はどうしようと考える。手持ちもないので、野宿しかないのだが、正直寒いものは寒い。歩くのも疲れ、とある家の軒先にしゃがみ込む。今頃蓬山は、雁はどうなっているだろうか。更に荒廃は進んでしまったのだろうか。 そう思うと胸が痛む。



「おい、こんな所で何やってるんだ。凍え死ぬぞ。」


そんな声に顔を上げると一は目を見開き息を飲んだ。男はいやに整った容姿をしていた。さらさらと風になびく黒髪に紫色の瞳をした男は「大丈夫か?具合いでも悪いのか?」と気遣う言葉を投げかけるが一は何も反応を返せずにいた。


王だ。


この男が


この男こそが雁を


雁を滅ぼす王だ。



本能がそう告げるが、一はぐっと唇を噛み締める。王を選べないと蓬山を飛び出してきたのに、その先で王に会うとは何とも皮肉な。気づけば一は涙を流していた。男は眉を寄せると、「 まいったな。」と呟いた。



「すまない。ただ、疲れていただけだ。」



「疲れていたって、お前…こんな真冬にこんな所でじっとしてたら死んじまうぞ。早く家に帰れ。」


男の言葉にゆるりと首を振ると「家はない。宿をとる路銀もない…」と答えると男は目を見開き絶句していた。それはそうだろう。こんな雪がこんもり積もる蝦夷で暗に野宿するつもりだったと言ったのだ、驚きもするだろう。



「…仕方ねぇ、着いてこい。」



そう言うと男は歩き出した。一はどうしようかと迷ったが、こうしていても仕方ないので着いていくことにした。



「お前…名前は。」


「一。あんたは?」


「土方だ。土方歳三。」


土方歳三


そう口にのせれば、歓喜に身体が火照るのがわかった。



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