月影【3】
角も伸びきり成獣になったのは、一の見た目が20歳前後といったところだろうか。そろそろ蓬山に麒麟旗を掲げ王を選定しようということになった。だが、一は王への疑念を払えずにいた。そもそも天啓とは何だ。女仙達に聞いても「その時がくれば分かります。」と穏やかに返されるだけだった。



「李承、どうしても選ばなければいけないのか。」


自分の髪を梳く己の女怪にそう拗ねたように尋ねれば、李承は『 延麟が王をお選びにならなければ、国はもっと荒廃いたしましょう。』と幼子に言い聞かせるように言った。


「だが、王は国を滅ぼす。」


『 延麟…』


困ったような李承に決まり悪そうに一は目を伏せると、もう私や小春のような子を出してはいけないんだとポツリと呟いた。



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平伏する我こそは王だと蓬山へ意気込んでやって来た者達の間を女仙達と共に歩きながら王気というものを探ってみるが、ちっとも分からない。


「いかがです。」



小春の問に一は首を振るだけで答えた。その時、1人の女が前に出て平伏した。


「無礼な!」



小春の厳しい声にも女は怯まず、「延麟にお願いがございます」と平伏したまま言ってきた。一は目を見開き女を見るが王気というのは感じない。



「延麟はお前に王気を見出してはおらぬ!下がれ!」


「元より王に選ばれようとは思ってはおりませぬ。」


「ならば何故黄海を越えてきた!」


「私は李媚と申します。司刑官の任についております。私は罪人を裁く任にあります。ですが飢えからやっと得た子を井戸に捨てる親、飢えから盗みを働くものを小さな子供でさえ裁かねばならぬのです!どうか、どうか雁に王をお与え下さい!親が子を捨てなくてもいいように!どうかお願いいたします。」


女…李媚の声は震え途中からは泣いていただろう。切なる訴えに一は動揺を隠せないが、それでも李?のいった「親が子を捨てる」というのに心揺さぶられた。


ここでもなのか。


ここでも、私のように親に捨てられる子がいるのか。


そんな風にした王を、親に捨てられた私が選ぶのか。


「無理だ…私には選べない!!」


そう叫ぶと、周りから風が起こり嵐が一の周りを取り囲むと、一の姿は消えた。


「延麟!」


影から慌てて李承や使令達が後を追って姿を消した。



「延麟…」


悲しげな声だけが蓬山に残された。



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