浮気
「…何がどうなってるんだ。」
痛む頭を抑えながら斎藤一はそう呟くと、必死で昨夜の事を思い出そうと目を閉じた。
昨日は散々だった。5年ほど付き合い結婚を考えていた彼女の浮気が発覚し、ショックで仕事はミスを連発してしまった。自暴自棄になっていたのかもしれない。ふらりと立ち寄ったBARでヤケ酒をしていて…。酒には強い斎藤でも少し酔ったかと自覚した頃に、そう…1人の男に声を掛けられた。
斎藤は目を開けちらりと横目で隣を見ると、ぐっすりと眠る男の姿が写った。艶やかな黒髪に長い睫毛、こうして見ても美しい男だと思う。が、何故同じベッドで、しかも裸で寝ているのか…。
いやいやいや、分かっている。この状況かつ下半身に感じる違和感…分からないほど初心ではないつもりだ。
(どうすればいいのだ…。)
そもそも、どうしてこの様な事に…。
痛む頭を抑えながら考えていると、もぞもぞと隣で男が動いた。
「ん…何だ、起きてたのか。」
ふわっと欠伸をした男は、低く甘い声音でそう言うと、斎藤の頭をぽんぽんと撫でた。
「あ、あの…」
「何だ…」
柔らかに目を細め笑む男に、斎藤は頬を染めるともごもごと「その…昨夜…」と言うと、男は「うん?」と首を傾げた。
どうしよう。何と言えばいいのだ…。
「もう平気か?」
「え?」
男は優しく斎藤の頭を撫で、頬に手を滑らしながらそう聞いてきた。
「お前、昨夜5年付き合ってた彼女に浮気されたって落ち込んでたろ。」
ぼーっと男の瞳に魅入ってると、そんな事を言われそう言えばそうだったと昨日の事が思い出された。少し飲み過ぎではないかと心配して、声を掛けてきた男に、そんなことを言って慰めて貰った気がする。
「もう…大丈夫、です。」
「そうか。まぁ、縁が無かったと思って女のことは諦めるんだな。別れる、んだろ?」
そっと斎藤の顎を引き唇だけでなく、顔中にキスの雨を降らす男に、斎藤は抵抗することもなく頬を染めながら受け入れた。
「ん…はい。」
「ふ…可愛いな。」
男は斎藤の頭を撫で微笑むと、「頑張れよ」と告げた。
チェックアウトぎりぎりまで斎藤は男と過ごし、ホテルを出る頃には、すっかり彼女の事は忘れていた。というのも、男の名前と連絡先を知りたいという考えで頭がいっぱいだったからだ。
(しかし、どうしたものか…)
このまま別れるのは寂しいが、男としてはただの一夜の相手…
「あ、忘れるところだった。これ、俺の連絡先だ。」
「え…」
無造作に渡された名刺には見覚えのある会社名に男の名前が書かれていた。
【薄桜商事? 人事部長
土方歳三 090-xxxx-xxxx 】
「じゃぁ、またな、一。プライベートのはまた今度教える。」
「え、あ、はい。」
呆然としながら男…土方の背を見送りながら斎藤は頷いた。
まさか自分の会社の幹部だったなんて…。部署も違えばビルの階数も違うので、会ったことなかった。とても厳しい人だと聞いていたが…。
「噂は、当てにならないな。」
名刺を胸に大事そうに抱きしめ、そう呟くと斎藤は歩き出したのだった。
おわり
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