運の悪い女と運の良い男【2】

不景気の上、子持ちしかも未婚では正社員になるのは難しく、一は清掃のパートとコンビニのアルバイトで何とか生活をしていた。贅沢は出来ないが、何とか暮らしていけてる。けれど、あの子達が大きくなるごとに必要なお金は増えてくる。そうなると今のままでは大分厳しくなる。


(あの子達が留守番出来るようになったら、仕事を増やすか、正社員の仕事を探さないと…)


ゴシゴシと給湯室のシンクを洗い一息つくと、清掃員の休憩室へと戻る。すると何だか中がいつもより騒がしい気がして、はて?と首を傾げる。


「やっぱり、イイ男よねー!土方歳三!生で見て思わず呆然としちゃったわ。」


「もう、永田さん羨ましいったらないわ!私、まだ土方歳三は見てないのよねぇ。」


「そりゃ今や飛ぶ鳥落とす勢いの人気実力派俳優の土方歳三ですもの、忙しくてほいほい事務所にも寄れないんじゃない?」



部屋では同じパート仲間の女性達が興奮気味に土方歳三とやらについて話している。このビルは確か有名な芸能事務所も入っていた筈だから、芸能人に遭遇するのもおかしくはないだろう。

正直毎日、仕事に子育てに追われている一には芸能人と言われても顔も名前も分からないのだけれど。


自分には関わりのない事だからと、一は1人お弁当を食べることにした。




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土方歳三は人よりも運が良いのだろうと思っていた。家は裕福な資産家で両親も兄や姉達も末っ子である歳三に甘く、何不自由なく暮らしてきた。

そして大学生の時、道を歩いていたらスカウトをされ気まぐれに受けてみればトントン拍子に成功し、今や人気実力派俳優なんて呼ばれていたりする。


それは脚本や監督に恵まれたということもあり、歳三は人より自分は運が良いんだろうなと更に思っていた。


久々に事務所に呼ばれ訪れれば、新しいドラマの仕事の話だった。


何でも、大きな会社の御曹司が貧しいシングルマザーと恋に落ちるというラブストーリーで、自分はその御曹司役らしい。


「…俺、子供は苦手なんだが」


自分が末っ子でその下がいなかったことから、どうにも子供をどう扱っていいのか分からない。今までだって子役と共演したことはあるが、大した接触のある役じゃなかったので何とかなった。


「ええ…それはまだ時間もありますし、手は打ちましょう。」



秘書である山南が胡散臭い笑みを浮かべているのに、何か嫌な予感が過る。

「まぁまぁ、トシ。たまには挑戦する事も大事だぞ。」


社長である近藤の穏やかな言葉に歳三は渋々頷いたのだった。



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