金盞花【9】

「ちゅぎはー?」


「ちゅぎー」


布団の上に身を起こした一の両脇にコロリと寝転がり、わくわくと見上げて来る千鶴と薫に口元を緩めると読み上げていた書物に目を戻す。


ただ寝ているだけでは暇だろうと、歳三が持ってきてくれた書物は昔話が沢山書かれていて、一自身も心躍るものだった。


千鶴と薫も同じようで、にこにこと笑いながら一に読み聞かせを強請っていた。


一の穏やかな声が物語を語り、千鶴と薫はうとうととし始めそしてくうくうと眠りについてしまった。
くすりと笑うと羽織と布団をそれぞれに掛けてやる。


穏やかに過ぎる時に、一はホッと息をついた。何だか体も軽くなったように感じ、気分も清々しい。もうそろろ布団から出ても大丈夫な気がする。


二人を起こさないよう気をつけながら一は書物を捲るのだった。




「おい、今いいか。」


静かな空間にいきなり聞こえてきた男の言葉にハッと我に返った一は、「は、はい」と慌てて答えを返す。


歳三は気持ちよさそうに寝ている千鶴と薫の姿に僅かに表情を和らげ、一を見る。


「お前が助けた子供と母親が礼が言いたいと訪ねてきているが会えるか。」


「…はい。」


もう充分礼は言われていたけれどと首を傾げていると、庭に件の男児と母親が現れ深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。本当に奥様には何とお礼を申し上げれば良いか…。お風邪まで引かれて…申し訳ございません。」


「すみませんでした。」


「いや、無事で良かった。風邪は私の甘さが招いたこと故、あまり気にしないでください。」


このように敬われることなど慣れない上、どうしたらいいのか反応に困る。オロオロと助けを求めるように歳三を見上げると、溜め息をつかれた。


「まぁ、何事も無くて良かった。が、今後は川遊びも気をつけろよ。」


「はい!」


緊張したようすで背筋を伸ばし返事を返す子供に歳三は、にっと笑い手を伸ばしポンッと頭を撫でた。



親子は何度も頭を下げながら家に帰っていった。夕暮れの橙色の光が射す中、親子が持ってきたという饅頭を歳三と縁側で2人、無言で食べる。


「…体調はどうだ。」


ポツリと言われた言葉にパチりと瞬くと、一は饅頭を片手に歳三を見る。


「もう良くなりました。体も軽くなったような、そんな気がします。」


「そうか…。」


それ以来歳三は口を開くことはなかったが、二人の間に穏やかな空気が流れ、一は小さく微笑んだ。




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