金盞花【7】
「かかしゃま、はーくー」


「はーく、はーく」


千鶴と薫の小さな手に引かれ歩く一を村人達は遠巻きにして見ているが、冷ややかさは残るがそれでも敵意は薄れてきたようにも思える。


あれから、こうして外を歩く機会も増えた。原っぱで花を積んで遊んだり駆け回ったり、川に涼みに行ったり。歳三が同行することは少なかったが、それでも以前よりは緊張せずに居られるようになった。それに、歳三も少しではあるが一の前で表情を和らげることもあって、一はその度に心臓が煩く音を立てるので身が持たない思いをさせられる。


今日は夏が近づいて来ているのか、大分暖かく千鶴と薫が川に遊びに行こうと一を連れ出しはしゃいでいる。



川に着くと、何人かの子供達が既に楽しそうに遊んでいた。中には川の浅瀬に足を入れてる者もいて、歓声が響く。一達の姿を認めるとぴたりと声が止み、ひどく気まずい空気が流れる。戸惑い辺りを見渡すと少し離れたところで母親らしい女性が何人か洗濯をしていた手を止め困惑したように顔を見合わせていたが、少しして何事も無かったように手を動かし世間話を始め、子供達もそれに習うようにまた遊び始めた。


明らかに歓迎されていない空気に一の胸は重くなったが、遊びたがっていた千鶴達にこのまま戻ろうとも言えず無理に笑みを作ると、不安そうに見上げていた二人に「さぁ、遊ぼうか」と声を出したが、果たしてその声は震えてはいなかっただろうか。


千鶴と薫は川の中で泳ぐメダカを見つけ、きゃぁきゃぁと嬉しげに声を上げ覗き込む。うっかりそのまま川の中に倒れてしまわないかとハラハラしていると子供の一際大きな声が聞こえ顔を上げると、一人の年長の男の子が川の真ん中辺りまで入り込んでいる。

子供達は凄いと囃したてる者と、危ないよと不安げな声を投げかける者と別れている。それに気付いた母親達が戻ってくるよう叱りつけると、男の子は残念そうにしながらも逆らう事なく戻ろうとしたようだった。


しかし、流れに足を取られたのか、はたまた足を滑らせたのか男の子は体勢を崩してしまった。いくらそこまで深さはないにしてもまだ子供、川の流れに押され起き上がれず、必死にばちゃばちゃともがいている。母親や、子供達の悲鳴が上がる中、一は咄嗟に駆け出し川の中にざぶざぶと入り男の子の元へと向かう。


いくら暖かいといえど川の水は冷たく一は顔を顰めつつも重い体を引きずるように男の子のところへ行くと、精一杯の力で引き起こした。


川の水を飲んでしまったのだろう、ゴホゴホと咳き込む男の子を抱えながら何とかやって来た母親であろう女性と共に必死に川の外へ脱出する。


「かかしゃま、いちゃい?いちゃい?」


「かかしゃまぁ…」


泣きながら座り込み荒い呼吸を繰り返す一の濡れた肩や背中を小さな手で撫でてくれる千鶴と薫にも答えてやることも出来ずに、一はただ気が抜けたように座り込んでいた。


「ありがとうございます!」

座り込んではいるが漸く落ち着いた一の目の前で石がゴロゴロとしている川原だというのに、土下座をする女性に一はポカンと目を瞬いた。隣では泣きながら件の男児が嗚咽を漏らしながら母であろう女性に倣い土下座している。


「え、あ、はい。無事で良かったです。ですから、あの…」


おろおろと土下座なんてしないで欲しいと訴える一だったが、他の母親達に乾いた手拭いで拭かれながら怪我はないかとアレコレ聞かれ、混乱しきってきた。


何度も頭を下げ礼を言う親子達と別れ、千鶴と薫の二人と手を繋ぎ家路を辿る。


いくら拭いたとは言え全身濡れ鼠な状態で日暮れの涼しい風は寒かったが、それでも二人から伝わる温かな体温と、男児を救えた満足感に一は嬉しそうに頬を緩めた。



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