金盞花【15】
「ありしゃん、ありしゃん、がんばりぇー」
「ありしゃん、おうちはもうしゅぐなのよ」
庭で行われるアリの行列を眺め応援する千鶴と薫を縁側に腰掛見ている一は、物憂げに溜め息をつく。
村の女性達と打ち解け、彼女達の話から一は知らなかった夫婦のあれこれを耳にするようになった。一は、ただ共に暮らして夫に寄り添う事が夫婦なのだと思っていたのだが、実際はそれだけでなく…。そこまで考えて、恥ずかしさに俯いてしまう。
だって、子供は仲睦まじい夫婦のもとに神様が運んできてくれるのだと、そう教えられてそれを信じていたのだ。だから、閨の事なんて知るはずもなく…。
それに気付いた女性達が躊躇いながらも、もう妻となった身なのだし逆に知らないと一自身が大変な思いをすることになると丁寧に教えてくれた。
(嫁なのに、本当は妻らしいことを何一つしてなかったなんて…歳三様に申し訳ない。)
無知な嫁に怒るでもなくいてくれた夫に対し、とても申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
そもそも初潮が来た時に母が「あなたが大人になったということよ」と言っていたのは、こういう事だったのかと気づき思い出した時は顔が真っ赤になってしまった。
「はぁ…母上に詳しく伺うのだった…」
溜め息をつきながら落ち込んだ様子で呟く一の膝に、ちょこんと小さな二対の手が載せられた。
「かかしゃま、どーったの?」
「かかしゃま、かなちいの?」
そっくりな二つのあどけない顔が一を心配そうに見つめている。
「少し思い出していただけだから、大丈夫。」
心配してくれてありがとうっと、それぞれの小さな頭を撫でると、にこぉっと笑ってまたアリの行列を見に行った。
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「おい、何かあったのか?」
どうも気がそぞろというか、上の空というか、何かを隠してるような、何かを迷っているような様子で、チクチクと繕い物をする一にいつ手に針を刺すかと危なっかしく見ていた歳三が声を掛けると、案の定というか何というか見事に指に針を刺してしまった。
一の白くまだ小さな指にプクリと浮かぶ赤い血に溜め息をつきながら、歳三は「考え事しながらやるからだ。」と一の手を取り刺した指を口に入れ吸う。
「次は気をつけろ…よ」
そう言って一を見ると、顔を真っ赤に染め泣きそうな面をして呆然とこちらを見ていて歳三は『あ、やっちまった』と内心舌を打つ。消毒のつもりでやったのだが、一には些か刺激が強すぎたらしい。
「あー…その…悪かった。」
気まずそうにそう言うと一はぶんぶんと顔を横に振り口をパクパクと開閉させる。
「あ、の…すみません…」
漸く絞り出すようにして出された声は頼りなく震えていて、歳三は変に怯えさせたかと反省する。
いくら夫婦になったとはいえ、事情が事情だし不躾な真似だったかと頭を掻く。
「あ、あの…」
うろうろと視線をさ迷わせながら口を開いた一に「何だ」と先を促すと、どうにも言いづらそうに「その…」とか「あの…」と繰り返すものだから、一体どんな内容だと疑問を抱く。
「あの…夫婦となったものは、その…閨を共にして…子を作ると聞いたのですが…私、知らなくて、あの母上に子は神様が運んでくると教えられてて…その、至らない嫁で申し訳ありません。」
顔を赤くし一気にそう告げる一に、歳三は珍しくポカンとした表情を浮かべた。
「いや…うん、それは気にしなくていい…。そうか…知らなかったのか…」
後半部分は小声で呟いたものだから、一にはよく聞き取れなかったようだ。
歳三としては、さすがに嫁に来た以上、そういう事も教えられていると思っていたのだが、まさか何も教えられていなかったとはと驚愕するしかない。
なら、何故閨事をしないのかと云えば、一が子供だからというのと望まぬ結婚をさせられたのに、それ以上無体な真似はしたくねぇなという情からだった。一も気にした様子はなかったから、それで良かったのだと思っていたら知らなかっただけとは…少しばかり頭が痛い。
実は急な結婚で忙しなく、しかも教えようにも一は幕府の屋敷で逃げぬように監禁のような状態にあったものだから、一の両親はなす術もなかったのだが…。
「あの…私、これからは妻として、しっかり努めを果しますから…その…」
わたわたと焦りながら訴える一の肩を掴み「とりあえず落ち着け。」と言うと、素直に深呼吸をしたのだが、その様が幼くて歳三としてはますます閨事に関しては消極的ならざる得ない。
「あのな…確かに夫婦となった以上、それは自然な事なんだがな。」
「はい。」
素直に頷く一の小さな肩をポンッと叩くと溜め息をつく。
「お前は確かに俺の妻となった訳だし、閨事をしてもおかしくねぇ訳だが…駄目だ。」
「…」
その言葉にみるみると顔を曇らせる一の頭を撫でると「別にお前が嫌だとか、そういうんじゃねぇ。」と続ける。
「今は駄目だって事だ。お前はまだ子供だ。体も細っこくて、恐らく成長期前だ。そんな状態での閨事はお前の身体に負担が掛かり過ぎるし、お前が辛い思いをするだけだ。そんな閨事は俺も好まない。」
俯く一の肩を抱き宥めるように頭を撫でると、一の頬に涙が流れた。
「…ごめんなさい…私、早く大人になります…」
「アホな事いうな。そんな急がなくていいんだよ。」
苦笑しながら、軽く一の頭を叩き「今でもちゃんと俺の妻としてやってるから、焦るな」と言うと、一はおずおずと頷いた。
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