普段大人しい奴がキレるととんでもなく恐ろしい


的場と夏目がなんやかんやでお付き合いを初めて2ヶ月。男装を止めた的場はゆったりとした白いワンピースを着て、少しばかり膨らんだ己の腹を撫でた。


その顔付きは優しく慈愛に満ち、一緒にいた夏目はドキリと弾む胸を押さえ見惚れていた。



(けっ…このバカップルが(。-`ω´-))



部屋の隅でもしゃもしゃと七辻屋の饅頭を食べていた、にゃんこ先生は胸焼けを感じ饅頭をおざなりに置くとかぶかぶと酒を飲み干した。



あの夏目のプロポーズから2ヶ月。お前、どこにそんな行動力があった…いや元から結構あったな、と染々と感じるくらいには、とんとんと物事は進んでいった。


藤原夫妻への挨拶。ここでも的場が「悪いのは自分です」と謝り、それに夏目が怒って藤原夫妻が宥め、なんやかんやで二人の仲は公認となった訳で。いまや初孫の誕生を楽しみにしているようで、赤ちゃん用品の載ったカタログを眺めている。


妖達はというと、相手が的場ということに大騒ぎだった。何せ祓い屋で自分達の天敵だ、もしや夏目様も…などと思い込んで名を取り戻そうとする輩や、友人帳を奪おうと襲ってくるものが後を立たなかった。



(……恋とは、ああも人を変えるものなのか…)



にこやかに笑いながら妖を退ける夏目に、冷や汗が流れたのは気のせいだ。



そんなこんなで穏やかな日々を送ってるのだが、何かを忘れてるような…。



そこへ足音がして、「的場、名取が来てるよ。」という七瀬の言葉にギクリとしたのは夏目とにゃんこ先生だった。顔を見合わせた二人は項垂れた。


「おや、随分とご無沙汰ですねぇ。分かりました。」



そういって、少々億劫そうに立ち上がろうとするのに夏目が慌てて手を貸す。



「ああ、もう此処にいるから開けるよ。」



「はい?」

「は?」



スーっと空いた障子の代わりに目に入ってきたのは、笑みを浮かべた七瀬とウザい輝きを纏った名取。夏目と先生がげんなりと顔を背けたのを見て七瀬は小さく吹き出した。


「…お久しぶりですね、名取。それにしても只でさえ暑いのですから、少しは押さえてくれませんかね、その無駄な照明。」



「「ぶっ」」



淡々とした的場の口調に夏目と先生が思いっきり吹き出した。前なら嫌味か皮肉かと思うところだが、的場と付き合うようになって分かった。的場は素直に思ったことを言っているだけだと…天然なんだと。




しかし、本来なら何か反論してそうな名取の反応がない。どうしたのかと思って見れば、驚いた顔で夏目を見ていた。




「……お久しぶりです、的場さん。しばらく撮影が忙しかったもので。で…何故ここに夏目がいるんです?」



にこりと、しかし黒いものを纏わせながら名取が的場に問うと、的場はきょとりと瞬くと首を傾げた。



「何故と言われても…今日は、夏バテ気味の私の為に塔子さんの手作りゼリーを届けてくれたんです。夏みかんの甘酸っぱさが爽やかで、とても口当たりが良くて美味しかったです。」



ふふっと笑いながら「あなたも、美味しかったですよね?」と自分の膨らんだ腹を撫でながら話し掛けた。



(静さん、可愛い…結婚しよ。)



(塔子のゼリーは絶品だったのぉ。くっ、夏目が止めなければ的場からもっと貰えたものを(。-`ω´-))



(今度、教えてもらおうかねぇ。的場には少しでも栄養をとってもらわねばならないしねぇ。)




「あ、名取も食べますか?確か、まだ…ありましたよね?」



ぱんっと手を打って、にこりと笑う的場に名取はどっと疲れが来たようで「いえ…結構です。」とだけ口に出した。



「おや、残念です。とても美味しいのに。それで、今日はどうしたんです?貴方がわざわざいらっしゃるなんて…」



座るように進めると、額を押さえた名取も渋々といった様子で部屋に入ると手近なところに座った。



「いえ…その、遅まきながらご懐妊されたということを知りまして、お祝いをと。」



「ああ、ありがとうございます。」




「それで、結婚式はと聞くところでしょうが、何故夏目が此処にいるのか教えて頂けませんか?まさか、また妖関係に巻き込むつもりですか?」



睨むように的場を見る名取に、的場よりも夏目が慌てて「違います!」と否定するが名取に「夏目は黙ってなさい」と切り捨てられた。



(困りましたねぇ。どうしてと言われても、本当にゼリーを持ってきてくれたのですが…。あ、塔子さんにお礼をしなくては。何が良いでしょうか?あ、そういうの名取は得意そうですし、相談してみましょう。)



「名取…。」



「何ですか。」



「塔子さんにお礼をしなくては、と思うのですが、どのような物がいいでしょうか?」



「は?」



ポカンと口を開けた名取は、怒りの勢いが削がれ項垂れた。

なんなんだ。的場さんは、こんなボケっとした人だったか?いや、違う。俺の知ってる的場さんじゃない。



何だか頭痛を感じ額に手を当てながら溜め息をつく。ゴホンっと咳払いをすると、夏目へと顔を向ける。



「夏目、何故此処にいるんだい?君は的場一門とは関係ないだろう?」



「ああ…えっと…その、実は的場さんと婚約…したんです。」




は?


夏目は白い頬を染めもじもじと…可愛らしい。
が、夏目は今何て言った?


「すまない夏目…良く聞こえなかった。もう一度言ってくれないか?」


きっと聞き間違えたに違いない。そうだ、そうに決まってる。


「的場さんと婚約しました。」



「…………こ、こんやく?」



「はい。」




クラリと目眩を感じた。いやいやいや、夏目はまだ高校生だろう?しかも何故的場さんと婚約するんだ。…まさか…



「的場さん…お腹の子供の父親は…?」


まさかね、まさか、そんな事があるわけ



「…夏目くんですね。」



あっさりと答えた的場に名取は目の前が真っ暗になった。自分がゆくゆくは手に入れたいと思い大事にしていた少年をあっさりと奪われるとは…。しかも子供という、自分にはどう足掻いてもなし得ないものを使って…。



「的場さん…貴女という人は…夏目はまだ高校生何ですよ?そんなに夏目を一門に引き入れたいんですか?夏目がお人好しなのに漬け込んで無理矢理襲ったんじゃないですよね?」



「…………。」



「そうなんですか!?最低ですね…。的場さん、貴女に少しくらい良心があるなら夏目を開放してやってください。」


本当は堕ろして欲しいところですが、とまで話し的場を見遣り口を閉ざす。的場は俯き顔は見えないが、膝に置かれた両手は強く握り締められ小さく肩は震えていた。


そこで名取は言い過ぎたと罪悪感が湧いた。いや、いくらなんでも堕ろせはない。そもそも自分が言う権利はないのだ。つい怒りのあまり言ったにしてはヒドイ言葉だ。



「名取さん…」


夏目の声にびくりと肩を震わす。何故だろう、急に冷凍庫にでも入れられたかのような寒気を感じた。恐る恐る振り返ると、夏目はににりと笑っているのに背後に真っ黒い般若が見える。



「な、夏目?」


いや、もう怖い。ガクガクと震える名取を気にするでもなく、夏目は笑顔で名取の肩を掴んだ。


「ちょ、痛い痛い痛い痛い痛い」


ギリギリとどこから出ているかも分からない力で名取の肩を掴む夏目は、「さっきから、何をふざけた事を言ってるんですか?」と笑顔で告げる。


「勝手なことばかり言ってますけど、俺は無理矢理婚約させられたわけじゃないですから。むしろ、的場さんが身を引こうとするのを俺がプロポーズして受け入れて貰ったんです!あんたのせいで、的場さんがまた気にやんで別れるなんてことになったら、どうしてくれるんですか?呪いますよ?俺の可愛い嫁と子供を奪う気ですか?削ぎますよ?」



「いや、夏目…その…」



冷や汗が止まらない。目の前で笑顔でハサミをしゃきしゃきしながら「その両目、抉りますよ?」と言ってる人は誰だ。夏目の姿をしてるが、きっと別人に違いない。



「ふっ…な、なつめくん。な、なとりの、いってることは、間違いじゃ、ないですし…あの…」



ひくひく泣きながら庇おうとしてくれる的場に不覚にもドキリと胸が高鳴った。


「静さん、まだそんな事言ってるんですか?先生、静さん連れて七瀬さんのところにいってて。」


「やれやれ、仕方ないのぉ。ほれ、行くぞ小娘。」



「…はい。」



すんすん泣きながらにゃんこ先生を抱っこして出ていく的場さん、可愛い。


一瞬、ほわりと緩んだ空気が的場がいなくなると直ぐに南極のようにピシャリと氷った。







『いぎゃぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ』


「まったく、いつまで泣いてるんだ、お前は。」


すんすんと泣く的場に呆れながら、「これでも食って泣き止め」とゼリーの載ったスプーンを突きつけた。


「名取にも困ったものだねぇ。ただでさえ、妊娠中は精神的に不安定になりやすいというのに。」



七瀬も呆れたように茶を飲むと、溜め息をつき悲鳴の聞こえた的場の部屋の方向を見やった。



「ぐすっ…夏目くん、怒ってました。」



先生に差し出されたゼリーを大人しく食べながら、しゅんと項垂れる的場に七瀬と先生は顔を見合わせた。



「まぁ…的場に怒ってたわけではないのだから、気にすることないよ。名取は、怒られて当然の事を言ったからね。」



「あの男も、馬鹿だな。」




にしても、普段大人しい奴がキレるととんでもなく恐ろしいな…。



よしよしと的場を慰めながら、七瀬と先生はふるりと震えた。





おわり




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