反抗期拗らせた結果です
「鬼灯君、無理しないで休みなよ。」


今日も今日とて亡者で賑わう地獄・閻魔庁に閻魔大王の心配そうな声が響いた。


「大王…忙しいんですから、余計なこと気にしないで仕事して下さい。唯でさえ鬼インフルエンザで人手が足りないんですから、ちゃっちゃと進めてください。」


「いや、だからね、鬼灯君も体調良くないでしょ?ここ最近ずっと働き詰めで休んでないよね。少し休んだらどう?」


「五月蝿いですよ。いいから手を動かしなさい。」


「いや、でも…」



おかしい


いつもなら、ここで金棒の2発や3発飛んできそうなものなのに、今日は一向に飛んでこない。それに何より何時ものぐさぐさとくる毒舌のキレが鈍い気がする。機嫌は頗る悪くて背後にどす黒いものが渦巻いている。おかげでこの場にいる獄卒も亡者もビクビクと怯え涙目だ。



(あれ…?もしかして…)



ふと、似たような症状を思い出し閻魔は髭を撫でると、ゆるりと問いかけた。


「ねぇ、鬼灯君。君、最後に実家に帰省したのいつ?」


「…………そうですね、何処ぞの馬鹿が使えないので、ざっと三年は前ですかね。」


ギロォォォォっと、暗く澱んだ目で睨んでくる鬼灯に閻魔は「ひいィィィィィィ」 と青ざめ悲鳴を上げた。



(まずい、まずいよ、これ…!!久しぶり且つうっかり忙しくて忘れてたけど、鬼灯君、普段はあんなんだけど養父大好きなんだった!反抗期こじらせてる面倒くさいファザコンだったぁぁ!何だかんだ会っててもプライベートじゃないと上手く甘えられない不器用さんだよ。しかも、限界までくると不機嫌まっしぐらで普段の数倍はドSに磨きが掛かって獄卒にも被害が及ぶんだよ。どうしよう…これ一歩手前まできちゃってるよ。ここまで来ると通常以上に言うこと聞いてくれないんだよなぁ。どうして一歩手前になるとドSのキレが鈍くなるの。お養父さんに会えなくて寂しいんですね、分かります。)


涙目で今にも泣き出しそうな獄卒や亡者のために、ここは自分が何とかしなくてはならないが、正直こうなった鬼灯相手に自分がどうこう出来るとは思えない。唯一この状態を解決出来るのは鬼灯の養い親である彼だけだ。


頑張れ、儂


閻魔大王だもの

普段から鬼灯君にはボコボコにされて慣れてるじゃない、儂


上司なのに


閻魔大王なのに…


「ほ、ほ、ほおずきくん!!後は儂がやっとくから帰っていいよ!!ほら、明日と明後日お休みじゃない!有休も有り余ってるんだし、久々に実家に帰ってゆっくりして来たらどう?もう鬼インフルも下火になってきたし、今お休みしてる子達も出てくるだろうし。ね?」


冷や汗をダラダラと流しながらも提案した閻魔に亡者や獄卒達もゴクリと固唾を呑んで鬼灯を見遣る。


「はあ?何を馬鹿なことを言ってんですか。実家には帰りたいですよ?でもね、仕事を中途半端にほっぽり出すのは私の矜持が許しません。それに…そんな事して呆れられたらどうするんですか。あの人の隣にいても遜色のないよう見劣りしないよう心がけているというのに…貴方という方は私に仕事を放置せよと?何という上司でしょう。それでも閻魔大王ですか。」



ゴリゴリと冷ややかな目で金棒を閻魔の額を磨り潰すように押し付ける鬼灯に、周りは八寒地獄にいるかのような寒さを感じ、獄卒も亡者も関係なく近くにいるものに縋りついた。


そんなブリザードが吹き荒れる極寒地に何とも呑気な声と共に白い神獣と桃太郎が現れた。


「?好♪頼まれてた薬届けに来たよ…って、何?どうしたの?」


きょとんと首を傾げる白澤に、獄卒達は内心悲鳴を上げる。(ちなみに桃太郎は顔から血の気が引き今にも気絶しそうだ。)


(は、白澤さま、タイミング悪すぎるだろ!!この人ほんとに吉兆の神獣か??何か悪いもん持ってるだろ!!)


(寄りによってこんな時に!!このままじゃ、あの人死ぬ!)


(逃げて、白澤様!ちょー逃げて!!)


そんな獄卒達の願いも虚しく、白澤は閻魔を睨み弄り続けている鬼灯を眺めると無防備にも近づいていく。


(ちょ、あの人アホなの?あんだけボコボコと暴力振るわれながら、何の警戒もなく鬼灯様に近付くとか!?え、あの人学習能力ないの?大丈夫なの?)


一同がこの後に起こる惨劇に怯え震える中、白澤はじっと鬼灯を見ると首を傾げ閻魔に向けて「もしかして“アレ”?」と聞いた。


「そうなんだよ〜、こうなると余計に言う事聞いてくれないでしょ。もう、ほんと白澤くんが来てくれて助かったよ〜」


ホッとしたように相互を崩す閻魔に一同は「え、もしかして白澤様を生け贄に…?」と信じられないような気持ちで三人を見つめる。



「そっかぁ、ごめんねぇ、うちの子が迷惑かけて。こうなる前に、ちゃんと休むように言い聞かせた筈なんだけど。」


「鬼灯君、真面目だからね。儂らもついつい頼り過ぎちゃってるから休み辛い環境だしね。こちらこそ、ごめんね。あまり叱らないであげて。」



((((((は??????白澤様が鬼灯様を“叱る”!?))))))


獄卒や桃太郎は白澤と閻魔の言葉にポカンと口を開けるしかできない。


「いやぁ、何より仕事中毒なのを何とかしないとねぇ。この前も無理して熱出したし、いい加減自分で休むって事も覚えないとね。まったく、しょうのない子だね。」


にこりと笑い鬼灯に鬼灯に向かい告げる白澤の顔はいつものニヤけた顔ではなく、慈愛に満ちた優しいものだった。


「それで、閻魔大王。この子、しばらくお休みもらえるんだよね。」


「うん。明日、明後日は元元お休みだし、有給も有り余ってるからこの機会に消化してもいいんじゃないかな。」


「謝々。この調子だと一週間かな。」


「分かったよ。それくらいなら皆で何とか…乗り切れると思う。」


言いよどみつつもOKを出した閻魔に白澤は「そこは自信もって言い切ってよ。」と苦笑しつつ、未だ閻魔に金棒を押し付けていた鬼灯の手を掴み下ろさせた。


「と、言う訳だからお前は今からお休み。さっさと帰るよ。一週間もお休みがあるわけだし、久々に旅行に行くのも良いかもね。うーん、どこがいいかなぁ。」


そう言いながら、さくさく鬼灯の手から書類を取り上げ閻魔に手渡すと有給届けを書いていく。その手際は鮮やかで周りは口を挟むこともなく呆然と見ていた。



「…せめて、今日は最後までやります。」


憮然とした様子で言う鬼灯に、白澤は溜息を付くと首を横に振った。


「駄目に決まってるでしょ。お前、自覚ないかも知れないけどヤバイからね。最後までなんて無理。」


「大丈夫です。明日からちゃんと休みますから。」


「ダ・メ!!ほら、周りを見てご覧よ。みんな固まってるでしょ。お前がさっきまで散々不機嫌撒き散らしてたから、怯えて仕事にならなかったの。今のお前に出来ることは仕事じゃなくて、休むことなんだよ!」


「………………分かりました。」


「ん、いい子だね。じゃぁ、帰る準備しておいで。待ってるから。」


些か落ち込んだ様子で出ていった鬼灯を見送り、状況の説明が欲しくて皆は白澤を見つめる。


「あ、桃タロー君。そういう訳で、今から一週間お店閉めるね。悪いけど、その間はお祖父さん達のとことかに泊まってくれる?」


「え、あ、はい。あの、白澤さん…」


「何〜?」


にこにこと笑う白澤に桃太郎は意を決して口を開いた。



「白澤さんと鬼灯さんのご関係って…」


おそるおそる聞いた桃太郎に獄卒達が心の中で拍手と賛辞を贈った瞬間だった。

「え?ああ…そっか、言ってなかったっけ?僕と鬼灯は…強いて言えば親子かな?血の繋がりは勿論ないけどね。」


「「「「「「ええええええええええええええええええええええええええええええ」」」」」」


「懐かしいね〜。会ったばかりの頃の鬼灯君は白澤くんにべったりで離れようとしなかったもんね〜」


「今じゃ考えられないよね〜」


「いやいやいや、それもめっちゃ気になるッすけど親子ってどういうことですか!?」


けらけら笑う白澤に桃太郎がツッコミを入れる。


「どうって…現世でうろうろしてたアイツを拾ったから??」


「誘拐、ダメ!絶対!」


「違うから!簡単に言えば死んで子鬼になってふらふらしてたアイツを拾って育てたの。話すと長くなるからソレはまた今度ね。」


へらりと笑うと、準備を終え戻ってきた鬼灯を連れ帰ってしまった。


「え…何かスッキリしないんだけど。」


桃太郎の言葉に閻魔以外の者達はうんうんと頷き合った。




「ていうか、何で普段あんな仲悪いの!?」



「あれねぇ〜ただの長い反抗期を拗らせただけ。白澤くんも、ソレがわかってるから本気でやり返さないんだよ。それに白澤くんの場合、鬼灯君の反抗期に悪ノリしてるだけなんだよね。」


あははと笑う閻魔に一同は、《あれがただの反抗期とか…白澤様もノるなよ》とはた迷惑な親子に溜息を零した。





「全く、お前は馬鹿だね。」



寝台の上に座る己の膝に頭を乗せ眠る養い子の黒い髪を撫でると、白澤はくすりと笑い「いつになったら、分かるのやら」と呟いた。


自分に認められたくて、役に立ちたいと必要以上に頑張りすぎる子供。
捨てないでと、怯える子供。

なんと哀れで可愛らしい



「お前は、僕が子供であれば例えお前でなくても拾って育てると思っているようだけど…僕はそこまで優しくはないよ。


まったく、盛大に反抗期拗らせるし、そうかと思えば甘えん坊は変わらぬし…面倒な子だよお前は。



しかし、それが愛しく思うくらいには親馬鹿なんだろうねぇ。


ふふふ…愉快愉快。


さて、明日からどうしようか。



我的可?的孩子」




おわり


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