虹の先【11】
トントンと軽やかな音を立て野菜を切りながら、はぁっと溜め息をついた。
今日一日、散々だった。あの溝口という者が昼休みは勿論、見計らったように帰宅する時にまで絡んで来て、しつこかった。加藤が気を利かせてくれなければ、逃げられなかった。
しまいには『貴女が社長の相手なの!?だから否定もしないのね!』なんてヒステリックに言い募り始めて、周りからは迷惑そうな好奇に満ちた目で見られるし…。
「はぁ…」
「おかぁさん、どうしたの?」
幼い声にハッと手を止め振り返ると、どこか不安そうにしている千鶴が立っていた。
「あ、いや、何でもない。」
「…でも、さっきから、たくさんためいきついてるよ?」
「それは…」
鋭い指摘に言葉を詰まらせると、包丁を置き千鶴の目線に合わせるようにしゃがむ。
「今日は、忙しくてな。少しだけ疲れてるのかもしれん。」
微かだが柔らかな笑みを浮かべると、安心させるように千鶴の頭を撫でる。
「だいじょうぶ?」
心配そうにじっと見つめてくる千鶴に頷き返すと、「ああ。千鶴がたくさんお手伝いしてくれるからな。」と笑うと、ようやく笑みを浮かべ抱き着いて来た。
「ちづるね、おかぁさん、だいすきだもん!」
きゃっきゃと無邪気に笑う千鶴に、一は愛しげに目を細めた。
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