【2】
輿入れの準備は、嫁いでいく本人をも取り残すような勢いで着々と進められていく。
今も、あちらに持って行くために新しく仕立てられた美しい着物が姫の前に広げられている。
しかし姫は、興味もないと並べられた着物を一瞥し、「もうよい。」と片付けるよう侍女に命じる。
「ほう…見事な出来だな。」
低い聞き慣れた若い男の声が響き振り向くと、漸く姫は表情を和らげた。
「兄様…。」
しばらく城を留守にしていた兄の来訪に姫は、侍女達に下がるように告げる。
「ああ、これなど良いな。お前の美しさを際立てる。」
濃紺に金糸で見事な刺繍が施された打掛を姫に着せ、満足そうに頷く。
「兄様、いつお戻りになられたのです?」
きゅっと兄に寄って着せられた打掛を握り、じっと見つめる。
「昨日の夜だ。」
「……知らせを下さればお出迎えしましたのに…」
悔しそうに呟く妹の健気な言葉に、兄は目を細め優しく妹の柔らかな髪を撫で梳く。
「遅くなったのでな。わざわざお前を起こすのは忍びない。」
「でも………」
¨おかえりなさいませ¨と長旅で疲れたであろう兄様を、1番に出迎えたかったのです。
その姫の言葉に兄は複雑そうな顔をし、そっと姫を抱き寄せる。
「…お前を、鬼とよばれるあの男に嫁がせるなど…。俺が城におれば、絶対に父上の思い通りにはさせなかったものを!」
「千景兄様……。」
兄…千景の憤りに姫はそっと目を伏せ兄の肩に頬を寄せる。
「お前は、もっと…優しい男の元に嫁がせてやりたかった。」
優しい兄の思いに姫は顔を綻ばせる。
この兄は、高飛車で傲慢なように見えて、とても優しい。幼い頃からずっと守られてきた。この優しい兄に。
大好きな兄
兄の役に立てるなら
守れるならば
鬼と呼ばれる男の元へ、喜んで嫁に行こう。
「千景兄様…一は、兄様の妹で幸せです。」
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