【10】

さらさらと流れる川のせせらぎを聞きながら、川原に座った一は隣に立つ夫を見上げる。


すべてが意外な事ばかりだった。

鬼と呼ばれるくらいだから、民にも恐れられていると思っていた。

いや噂では、民は恐怖に怯えながら暮らしているのだと云われていた。

そして、自分達はそんな殿様のいる国に生まれなくて幸せだと。


それが実際はどうだ。


町には活気が溢れ、ふらりと姿を表した殿様に気さくに話す。


あの様子から、かなり人望があると見えた。


まるで息子のように


孫のように


兄のように


そんな風に接する人々に、無礼だと切り捨てる事もなく、普通に受け入れる彼。


父を始め自分や兄も民と親しげに話す事はなかった。


恐らくそれが当たり前で、彼が特殊なのだろうと思うが…。


じっと見ていたからだろう、ピクリと眉を上げた歳三は一に視線をやると「なんだ」と問う。


「いつも…城を抜け出して城下町に?」


「…いつもという訳でもねぇが。」

「そうですか…。」


川を眺め、きゅっと両手を握りしめると意を決し口を開く。


「また…ご一緒させて頂けますか?」


躊躇いながらも、強い意思を込めた願い出に、土方は目を見開き驚きをあらわにする。


「…嫌がると思ったんだが。」


「……何故」


小首を傾げる一に、土方は溜め息をつく。


「城で大事に大事に育てられた姫なら、普通は嫌がるだろう?輿もねぇ、自分より身分が下の者に気安く話し掛けられる…怒り出しても仕方ねぇと思うが。」


あまり表情がない顔で見てくる歳三に、一は目をパチパチと瞬き「はぁ…」とよく分からないといった反応を返す。



「他の姫がどうかは知りませんが…私は、見るものがすべて新鮮で楽しかった。今回は驚愕して話せませんでしたが、町の人々ともまた話したいです。」


そう答える一に、土方は「…お付きの者に叱られてもしらねぇぞ。」とだけ告げる。


「負けません。」


そう一が返すと、歳三は呆気に取られたような顔をし、くつりと笑みを浮かべた。



一の前で、一に対し見せた初めての笑みだった。



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