【9】
目の前に広がる光景に、一は物珍しそうに目を瞬かせる。
賑やかで活気のある人々の姿に圧倒され、思わず隣を歩く夫の着物を握り縋り付くようにして歩く。
そんな一を歳三はチラリと横目で眺め、ゆっくりと口を開く。
「あちらでは、町を歩く事はなかったのか。」
淡々とした口調で問われた事に、コクリと頷くと
「…城からはほとんど出ることはありませんでしたし、外を移動する時は輿でしたから。」
賑やかな市場を眺めながら、どこか高揚した様子で答える。
「随分と…賑やかですね。」
「いつもと変わらねぇさ。」
感慨深そうな一とは違い、平然とした様子で言葉を返す。
「お、殿様じゃねぇか!また抜け出して来たのかい?」
「あれま、相変わらずだねぇ。おや、隣にいるのは噂のお嫁さんかい?」
老若男女が歳三の周りに集まり、次々と気軽に話し掛けてくる。
「ねぇねぇ、殿に優しくしてもらってる?」
「え…」
きょとんと呆気に取られた顔で目の前にいる、まだ幼い少女と少年を見つめる。
「殿ねぇ、いーつも怒ったような顔をしてるけど、ほんとは優しいんだよ。」
「そうそう、照れ屋さんなの。」
くすくすと楽しそうに笑う子供達に、一はただ「…はぁ…」とポカンとしながら頷くしかない。
「お前らは、何好き勝手言ってやがる。」
呆れたような顔をした歳三が軽く小突くと、きゃーっと楽しげな声を上げて子供達は走って行ってしまった。
「はぁ…行くぞ」
「は、はい。」
スタスタと先に歩いて行ってしまう夫を、一は小走りになって追い掛けた。
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