虹の向こう【9】


「えへへ、おじゃまします!」


一が借りているアパートの玄関で、嬉しそうに飛び跳ねる千鶴に苦笑を浮かべる。


結局、大人二人が千鶴に負けるという形になった。土方は何とか説得しようとしていたが、時間もなく渋々一に預けて大阪へと出掛けていった。


(にしても、良かったのだろうか…公休など…)


一としては有休が有り余っているので使うつもりだったのだが、土方が公休扱いになるよう手を回してくれるらしい。


しかも食費にと1万円を強引に渡されてしまった。


(とりあえず、金曜に返そう)


溜め息をつくと、千鶴を連れ居間へと向かう。


「狭くてすまないが、我慢してくれ。」


「んーん、はじめちゃんのお家かわいいね!」


にこにこと笑い見上げてくる千鶴にふっと笑いかけると荷物を下ろす。


「夕飯、何か食べたいものはあるか?」


「んー…あ、オムライス!」


パァッと顔を明るく輝かせ見つめてくる千鶴の頭を撫で、冷蔵庫の中身を考えると頷く。






「おいしー!」


スプーンを握りしめながら、千鶴はふにゃりと笑った。


初めてだった。


ご飯はほとんど買ってきた物で冷めていたし、誰かがキッチンにいて料理をしているのを見たことがない。


それに少しだけ手伝わせてもらった。


それが嬉しかった。
幼稚園のお友達が¨お母さんのお手伝いをしたよ¨と楽しそうに言っているのが、千鶴はとても羨ましかった。



千鶴の母親は離婚して傍にいない。


それに千鶴の覚えている母親の姿は、後ろ姿だけ。



(はじめちゃんはおかあさんじゃないけど、こんなカンジなのかな…おかあさんって。)



ほわほわとした気持ちに微笑みながら、オムライスをもぐもぐと食べた。



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