きっと暗闇だけを引き寄せる

深夜のことが嘘のように目覚めは清々しかった。けれど同じベッドで眠っていた猫の存在が、単なる夢ではなかったことを証明していた。


「ベルベット、起きて。朝だ、よ…」


風船がシュウと萎んでいくみたいに、語尾が弱々しくなってしまった。

今私何を言った?この子のことを何と呼んだ?つい数時間前に初めて対面したのに、この子の名前なんてわかるはずがない。

ベルベット…。確かに私はこの白猫をそう呼んだ。自分でも気付かないほど自然に。


「私はあなたと何処かで会ったことがあるのかな?」


朝の眩しい日差しに溶けた呟きはベルベットにだけ届いた。


―――――


報告として上がってきた書類と音声ファイルを受け取り、中身をチェックする。


“私はあなたと何処かで会ったことがあるのかな?”


「お前とそいつは会ったことなんてねぇよ。今のお前にとってはな…」


クルクルと左右に椅子を回しながら手に持った報告書を弾く。


さすがは俺と同族なだけある。好きなように動かせてみれば、期待以上の成果を見せてくれる。

また声が聴けるなんて。俺にとっては奇跡よりも尊いことだった。


「このまま上手くやり遂げてくれよ。」



―――――


「やっぱり何か変だよ。」


だから昨日、綱吉も隼人もこの子の話になったとき浮かない顔してたんだ。

さっき自分がベルベットと呼んでしまった猫を腕に抱いて、綱吉の執務室を目指す。


「何が変なんですか?」


「骸!びっくりした…」


「おや、珍しいですね。いつもだったらどんなに気配を消して近付いても気付くのに。」


心ここにあらず、ですか。


「今日は夢見が悪くてちょっと鈍ってるみたい。ていうか、分かってたくせにとぼけないでよ。」


すみません、と謝る骸は少しも反省していないらしい。


「反省はしていませんが、心配はしていますよ。名前。」


さっきまでの雰囲気から一転、嫌な空気に包まれる。これから告げられることが、想像と合致しなければいいのにと力なく願ってみる。無駄なあがきかもしれないけれど、気持ちを保つにはもってこいだった。


「心配、なんていらないよ。」


心配してもらう事なんてないのよ?ただ、普段は見ない夢をなぜ見たのか。そして何で気になって仕方ないのか。それだけで他は何一ついつもと変わらない。


「彼らと関わることはお薦めできません。」


「何の、話?」


「クフフ。単なる独り言です。」

誰と関わるっていうんだ。


意味が分からない事に混乱していた。混乱すればするほど感覚が鈍くなるのを誰より知っていたのに。私はそれを自制できるだけの冷静さを失っていた。


「綱吉のところに行ってくるね。」


足早に去る名前を見送った骸は溜息を漏らす。

もっと頼ってくれたらいいのに、と何度願ったことか。緊急事態に陥りそうな現在の状況なら、尚更。


「おそらくあの人たちが迫ってきているのでしょう。」


現に僕は以前あの鈴の音を耳にしたことがある。猫の首輪に付いた、あの鈴。


猫の姿は見えなかったけれど、その主人となら面識がある。自分と似た部分を持つ彼に何とも変な気分になった。

大方、名前の夢見の悪さはあの猫と彼が原因でしょう。
名前が見た何かしらの映像は彼が作り出したもの。


「クフフ。僕の方が上手く幻を作り出せます。

…そして貴方が言っていた計画がこれですか。」


これからどう動くのか、もう少し見させていただきますよ。


―――――


出来るだけ平静を装って骸の傍から離れた。逃げてきたと言った方が正しいかもしれないけど。


「まだ何も起こっていない。だからきっと大丈夫。」


少しでも気を抜けば暗闇に堕ちる。遠ざけようとも引き寄せてしまうんだ。偽りの光に照らされる度、私は溶けていく。溶けて漆黒に紛れていくの。
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