わたしのたいよう
《狼歌 様より》
「トラッド、いる?」
キィとドアがほんの少しだけ開かれて、ひょっこりと顔を出す癖っ毛の金髪頭。その口から紡ぎ出された名前に、僕はいるよと言って彼女を中に入るように促した。
例の言葉を述べ、中へ入ってきた彼女はエアコンによって涼しくなった生徒会室と外との温度差に少し驚きながら扉を閉めた。
最近生徒会室に来ていなかったためか、きょろきょろと辺りを見回すトランスミッター。それを見て僕はくすりと笑い、妹であるトラッドを呼びに行くために隣の資料室へと向かった。
「トラッド、トランスミッターが来てるよ。早めに済ませてあげて」
「兄さん、ありがとう。了解です」
にこりと微笑んだトラッドは微笑みを浮かべるその横で資料をまとめはじめるウェアリン副会長、その表情はどこか楽しげだ。僕はそれを見てクスリと笑うと、そっと資料室の扉を閉めて、少し待ってやってくれとトランスミッターに声を掛けた。
少しして、トラッドが幾つかの資料を持ち、生徒会室に出てくる。すると、トランスミッターは目を輝かせながら、勢いよくトラッドに抱きついた。トラッドは手の中にある資料を落とさないようにしっかりと抱えながら、必死にトランスミッターを支えていた。
先程まで職員室へ行っていたはずのウェアレン会長は、いつの間に帰ってきたのか、それを微笑ましそうに見ていた。…トラッドの立場は微笑ましいものではないのだろうが(資料とトランスミッタ ーの重み的な意味で)。
暫くすると、ウェアリン副会長も資料室から出て来て、手元の資料を手に、ウェアレン会長と何やら話を始めた。それを見て、僕も仕事に戻ろう、そう思って自分の席に向かい、ゆっくりと歩き出せば、トランスミッターがトラッドの腕をがっしりと掴み、生徒会質を飛び出して何処かへと行ってしまった。
仕事…どうすんだよ、と絶望したような目で呟いたウェアレン会長に、僕とウェアリン副会長は苦笑を浮かべることしか出来なかった。
***
走る、走る、長く続く廊下を、ただひたすらに。時々トラッドが待って止まってと声を上げるけれど、今の私には立ち止まることができないでいた。頭がいくら指示を出そうとも体が言うことを聞いてくれないのだ。
トラッドの声と風の音が耳を抜けて行く。呼吸が乱れるけれど、足はまだ止まらない。
何故こうなっているのか、行動を起こした私でさえ理解が出来ていない。なんでだろうと考え込むと、微笑むトラッドの隣に居る副会長さんが脳裏に浮かんで、私はどうしようもなくいらついた。
ああ、そうだ思い出した。トラッドが副会長さんと一緒に居たのが嫌だったんだ。副会長さんと、二人きりで居たのが、嫌で嫌でしょうがなかったんだ。
理由を見つけた私の脳は、走る意味を失った とでも言うようにどんどんと足の速度を落とした。かと思うと、ぴたりといきなり歩みが止まった。すると、私の身体は力が抜けて、重力に従い、その場にぺたんと座り込んでしまった。呼吸は荒く、酸素を必死に取り込んでいる状態だ。
いつもならもっと早くこんな状態から抜け出せるはずなのに、荒い呼吸は続く。喉から仄かに鉄の味がする。
やだ、なにこれ、こわい。シバくんがいれば、たすけてくれたかな。こんなことにはならなかったかな。
今日のミタはジョウチョフアンテイだから生徒会室には行っちゃいけないよ、シットをしておかしくなってしまうからね。そう言って微笑んだシバくんの顔が脳裏に浮かぶ。
ごめんね、シバくん。ごめんなさい。だけど、トラッドに会わなければ気が狂っ てしまいそうだったの。ごめんね、ごめんなさい。
シバくんに対しての謝罪の言葉の数々が頭を過る。その言葉を告げるべきである相方は、ここにはいないのに。
ぽたり、ぽたぽた。目から涙が零れ落ち、頬を伝ってそれはへたり込んでいる私のショートパンツへ落ちて、シミを作る。
「…さん、トランスミッターさん!大丈夫ですか!?」
「と、ら…とらっ、ど」
焦ったように私を見るトラッドの目は動揺しているのか揺らいでいる。
トラッドが、私に、そんな顔をしてくれるだなんて。
今まで笑っているトラッドしか見ていなかったせいか、初めて見るトラッドの表情を嬉しいと感じた。トラッドが、私に新しい表情を向けてくれている。そのことがどうしようもなく嬉しくって、心が少し満たされたのを感じていると、流れていた涙はいつの間にか止まっていた。
トラッドは涙の止まった私の頬に手を伸ばし、残っている涙の後を拭い取った。
「トランスミッターさんに、涙は似合わないですね」
微笑みを携えながらそう言った彼女はとてもとても眩しくて。止まったはずだった涙は再び頬を流れていた。
トラッドはポケットから取り出したハンカチで私の頬を流れ続ける涙を拭ってくれるトラッド。大丈夫ですよ、無理して泣き止む必要はありません。いっぱい泣いていいんですよ。気持ちを殺したっていいことは何にもありません。
そう言って私の頭を撫でるトラッド。右の手は未だに私の涙を拭ってくれている。
彼女の優しい言葉と行動に私の涙は止まるどころかダムが決壊したかのように溢れ出してくる。
つい先程までは嗚咽が出るくらいだったのに、いつの間にか私は大声を上げて泣いていた。トラッドはそんな私を優しく抱き締めて、背中をさすってくれていた。トラッドの優しさ が心に沁みて、私はわんわんと子供のように泣きじゃくりながら、トラッドの背中に手を回し、縋り付くようにして私は涙を流し続けていた。
私達を照らす太陽はトラッドの眼差しのように暖かいものだった。
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トラトラちゃんが可愛すぎて…トラトラとくろすおは正義。しかしトラウェアも好きです。
短くてすみません。書いてたら長くなってしまったのでキリがよかったので短いところで切りました。
リンリンで世界は平和になる!
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