夜の捕まえ方









「貸してごらん」

ベッドに座って髪の毛を乾かしていたら、先に出ていた大佐にタオルを取り上げられてしまった。どうやら俺の右腕の筋力がまだまだ弱いってことを見透かされているらしい。嬉しそうな顔して待ってやがる。仕方ない。大人しく世話になってやることにするか。

「うん、いい匂い」
「てめぇも同じシャンプーだろ」
「違うよ、エドの匂いだ」

また訳のわからないことを言っている。風呂で髪を洗っている間も、右腕だけが疲れてきてしまって、最後は左手だけで泡を洗い流していた。早く鍛えなきゃ、鏡に映るアンバランスな体格が情けなくて仕方がない。

「はじめまして、だな」
「は?何言ってんの」

右肩にくちづけを落とされて、指を絡め取られた。左手だったら痛いくらい握り返してやるのに。悔しいけど好きにさせてやることにする。本当は、少しづつ漂い始めた甘い空気に気づいてしまって動くに動けない。なんて、そんなこと言えない。

「君の右腕には会ったことがなかったからね」
「なんだよ、それ」
「今までの分、たくさん愛してやらないと」
「馬鹿っ」

髪を拭くときよりも、ずっと優しく手を撫でられる。体はゆっくりと大佐の胸に寄せられて、唇は音を立てながら、か細い指先に向かって行った。貧相な腕はすっかり大佐に遊ばれてしまって、親指から小指まで余すところなくキスされていく。
月の明かりのせいでよく見えすぎだ。恥ずかしくって、つい顔を大佐の首筋に埋めてしまった。ニヤける大佐の顔が目に浮かぶ。

「痕つけたら怒る?」
「怒る。殴る」
「ははは、酷いなぁ。でも、もう機械鎧で殴られることはなくなったから、安心したよ」
「てめえ」

完全になめやがって。鍛え直したら思いっきりパンチ食らわしてやる。指先を軽く齧られて、脳にまで甘い電気が走った。初めての感覚、初めての大佐の温度を知る右腕。まるで溶けてしまったかのように体が動かない。今度は大佐にこの腕を持って行かれたしまうんじゃないかと思った。

「もお、やめろっ」

ずっと顔を埋めていて少し汗ばんだ首筋に、歯を立てた。ほんのりしょっぱくって、そのまま大きく舐めてみた。大佐は俺の右腕を解放して、代わりに頭を撫でてくる。まだ湿っている髪を指で梳かしながら、ゆっくりと二人の体をシーツの上に沈めていった。
ひんやりとしたシーツの上では、大佐の体温以外、何も感じられない。匂いも、目も、耳も、体の感覚全てが大佐に独り占めされている。悔しいけど、ひどく贅沢だなって思った。
どちらも喋り出さずに、大佐はただ俺の髪を撫でている。
俺はふと大佐の体を見ながら、こいつも傷まみれだなぁ、とか考えていた。腹の怪我を焼いて塞いだ痕もやっぱり酷いけど、よく見ると小さい傷もたくさんある。

「エドワード」

突然呼ばれて顔を見上げた。月の柔らかい光に包まれて、まるで時間が止まったように見つめ合う。こいつの黒い瞳がこんなに色鮮やかな表情を魅せることを知っているのは、多分俺だけ。


もう朝は来なくていい。

大総統になんてならなくていいよ。
ずっと一緒にいたい。
大佐が、大好きなのに。


心の奥底に閉じ込めている淀んだ思いは、決して口にしてはいけない。歯止めが効かなくなったら困る。でも、本当は、本当はこのまま、二人でどこかに消えてしまいたい。
俺はいつからこんな女々しくなっちまったのかな。
降ってくる口づけに、二人生きていることを感じながら、もう大佐がこれ以上傷ついたりしないことを願いながら、静かに目を閉じた。























誰か夜を捕まえて















2016.03.10

















あきゅろす。
リゼ