終わりの魔法 前半


親愛なるゆずく様へ、ショコラトリー3周年をお祝いして書かせていただきました。愛を込めて。





うまくいかないことは、なぜこう立て続けに起こるのだろう。
突然の雨に打たれながら、冷たい足元に映った自分の顔を見つめている。水溜まりの中から見上げてくる自分は情けなかった。スクールバックの中の教科書もきっとびしょびしょで、明日からはパリパリに張り付いたそれを使って授業を受けなくちゃならない。三年になったばかりで新しい教科書が多いのに、うんざりもいいところだ。

急に下がり出した数学の点数。嫌な奴が集まったクラス。受験生という大切な年なのに口先だけが立派な担任。受験校が決まっているだけに、今の自分の環境がそこを受かるには不十分であることに焦った。一年の頃から決めていた大学を、今になって諦めるのは過去の自分が許さない。絶対受かってやる、って今まで頑張って来たのに、受験の年になってこの不調はないだろ。そして追い撃ちをかけるようなこの雨は、今まで少しずつナーバスだった気持ちを一気に無気力なものへと変えた。
駅から家までの徒歩十分の道のりを、おそらく十五分くらいかけて歩いた。部活を引退する前は、夕飯時にこれでもかというくらいお腹を減らせて、電車を降りて家まで早歩きですぐに帰った。でも今は微妙な時間に、勉強することを目的に帰宅する。ちっとも楽しいことなんて無い。

「お帰りなさい、…どうしたのびしょ濡れじゃない、傘を持っていってなかったの?、エドワード!」

ちゃんと拭きなさいよ、と階段の下から聞こえる声を無視して、すっかり重く怠くなった身体をひこずるように部屋に入った。ごめんなさい母さん。母さんが悪いわけじゃないのに。
ドアの入り口に鞄を落として、冷えきった身をベットへ放り投げる。今まで頑張って堪えていたものが、不意にも溢れ出てしまった。


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ワイパーと雨の音がうるさくて、気を紛らそうとラジオをかけたが好みの番組も見つからず、久しぶりの町並みはどこか暗い雰囲気のままに窓ガラスの向こうで流れていく。
見慣れた久しい駅前を通り越して、線路沿いの道路を少し走り、瓦屋根の家で右に曲がると、目的地の茶色い屋根の家がすこし行ったところに見えた。私の実家だ。
中途半端に古い家のガレージに車を停め、助手席に置いた上着と鞄を手に持ち車を出る。小走りで玄関まで行くと鍵は開いていて、ただいま、と声をかけるとリビングの方から、お帰りなさい、と母の声がした。

「久しぶり」

「久しぶりね。元気にしてた?」

「してたよ。母さんは?」

「相変わらず。それにしても酷い雨ね」

洗濯物が乾かせなくて大変だわ。とソファーに座る母が続けて言った。レースカーテンの向こう側は灰色に薄暗く、重たい空気がこの家を取り囲んでいる。

「お隣りにも挨拶してきたら?」

母が言う。実は少し前からいついこうかと迷っていたのだ。何せしばらく連絡をとっていないし、今日私が帰ってくるということも伝えていない。驚かせるのもいいと思ったんだが、連絡もろくにしないで急に帰ってきた、と機嫌を損ねられても困るし。それに何一つお土産と言える物を持ってきていないのだ。やっぱりこれはまずかったかな。

「そうだな…。じゃあ行ってくるよ」

「気をつけて、すぐそこだけど。ちゃんとご挨拶して」

私がスーツを着て帰ってきても、こういう時に言う言葉は昔から変わらない。当時こそ、何度も同じことを言う母に嫌気さえ感じていたが、今はそこには母の優しさと、私はいつまでも“母の子供”であるということが印されている。実家とは良いものだと、大人になって初めて感じた哀愁の穏やかさに心が落ち着いた。



ベルを鳴らすと、母と等しく懐かしい顔がドアを開けて中へと勧めてくれた。

「まあ!、久しぶりね。ほんと、大人になって、スーツもよく似合ってる」

「お久しぶりです。すみません突然お邪魔してしまって」

「構わないのよそんなの」

「…あの、エドワードは」

「ああ、それがねえ」

入ってすぐ目に入ったスニーカーはおそらくエドワードのものだと思ったのだ。この時間だと、二年生のアルフォンスはまだ部活だろうし。

「何か学校であったらしいの。びしょ濡れで帰ってきて、それっきり部屋に」

「自分の部屋ですか?」

「そう…。そうだわ、悪いんだけどロイ君少し様子見に行ってくれないかしら。あの子ロイ君のこと大好きだから」

「はは、いいですよ。ああ、タオルを持っていきます」

意外な展開に頭の中は不覚にも緊張感に支配されかけている。彼は何かあっても人には見つからない所で泣いて済ませようとする性格なのに(結局私はそれを見つけてしまうのだが)人に伝わるあからさまな態度を示したのだ。今回は特別かもしれない。
微妙な年頃で、私も大人になって帰ってきて、久しぶりに会うのには、こういう何か“出来事”があると有り難いなと思っていたから、少しほっとしながら二階へと階段を上っていく。
コンコン。

「……」

「エドワード、私だ、ロイだ」

返事はなかったが、

「入るよ」

遠慮なしに部屋に入る。すると電気はついておらず部屋は真っ暗で、彼の姿は確認できなくて、ドアの横にあるスイッチを押すと、部屋の奥のベッドの上で目を真っ赤にして膝を抱えているエドワードがいた。



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遅くなってしまい大変申し訳ないです(´;ω;`)
年齢設定がアメストリスとは違ったり、季節が書きはじめた時のもので今とかなりズレてたり…好き勝手してしまってすみません。
後半もゆずくさんへの愛をいっしょに折り込みながら書いていきます。

リゼ