Garden

25000を踏まれたユキ様へ捧げます。

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少し眩しい陽射しが、カーテンが揺れる度にできる隙間を通って寝室へと差し込んでいた。
多分彼女が出て行ったとき、網戸にして行ったのだろう。そうすれば、一々起こしに来なくても、太陽とほんの少し冷たい風が目覚ましになってくれる事を知っているからだ。
いつもと同じ朝。
寝室から出ると一階の台所からとんとんという心地良い音とバターの匂いがしてきた。

「おはよう」

「やーっと起きた」

適当な大きさに切られた新鮮なキャベツを大きめのお皿に盛り、上にトマト一個分をスライスしたやつと和風ドレッシングをさっとかけ、今日の朝ごはん最後の品がテーブルのど真ん中に置かれた。
小さな出窓から入り込んでくる朝日でドレッシングがきらきらと光り、私を優しく椅子へと誘った。

「トマト、美味しそうなのがいっぱいなってたから、今日はミートソースでも作ろうかなって」

「そうか、それは楽しみだな。やっぱり私のやり方がいいんだろうな」

さりげなくふざけて言ってみると、珍しく「かもね」と肯定と取れる返事が返ってきた。普段なら「ばーか」とか「さあね」とか。以外と朝に弱いエディ。しかも前日に体を繋げた後だと余計機嫌が悪くなる(もしかしたら今だに気恥ずかしいのかもしれない)。この前なんか目玉焼きを焼いていた背中に抱き着くとおはようを言う隙もなく危うく火傷するところだった。どうやら彼女の反射神経が衰えることはなさそうだ。

「ふう、お腹空いた」

脱いだ薄ピンクのエプロンを背もたれにかけ、息を漏らしながら腰掛けたエディが手を合わせると同時に、ほら、今日もしっかりたのんだぞ。と小さく心の隅で願った。

「じゃ、いただきます」

「いただきます」

私はトーストの耳をかじりながら、彼女の手に握られたフォークを見た。三本の矢の先には捕らえられた赤い果実。甘くなれ甘くなれと何回も念じたのだから、それなりに甘くなっている筈だ。ドレッシングなんか無くても、がぶりと生でかじりつけるくらい、甘くみずみずしく。

まあ、エディの喜んだ顔が見れればそれでいいのだが。

彼女のかわいらしい口に運ばれていく様子を見届けてから、コーヒーに手を伸ばした。お揃いのマグカップは結婚祝いに部下から貰ったものだった。


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いつか私が大総統になっても、ずっとこの家がいいと言ってくれた時には倒れてしまうんじゃないかというぐらい嬉しかった。
彼女と出会うまでは生活感の無い、ただ寝るだけのような、そんな感覚で、何かが待ってくれているような温かい場所ではなかった。
思いが通じ合ってから数カ月後、初めて家に呼んだその日から少しずつ。それでいて確実にこの家には愛の色が染み付いてきていた。まるで春に花が咲くように。あるいは草木に雪が降り積もるように。
だんだんと彼女の物が増え、まるでクリスマスの飾り付けをしているかのような気分だった。真新しい歯ブラシが私のそれと一緒にカップの中に入っていたり、枕が二つになったり。
いつの間にか立派になった我が家。もっと緑が増えたらもっと綺麗なんじゃないか、と始めたのが家庭菜園だった。
日当たりの良い南側に土を敷き、苗を植え、毎日欠かず水をやり、時々肥料を与え、美味しくなれ美味しくなれと野菜達も煩いんじゃないかというくらい願った。
そして約半年ぶりに帰ってきたエディに庭を見てごらん。と落ち着いた口調で、けれども内心どきどきしながら指示した。彼女がチョイスしたカーテンを開けるとそこにはまさに自然の恵がたくさん彼女の帰りを待ってましたと言わんばかりに迎えた。

「一緒に収穫できるこの日を楽しみにしてたんだ」

「ありがとう。でも、ピーマンはないのな」

「ああ。でも茄子も…」

「ほーら早く採ろうぜ!」

「はいはい」

用意していた鋏を渡すと一直線にトマトへと走っていった。小さな手の平で受け止められたそれは立派な朱をしている。見たかった笑顔は想像していたよりもずっと夢に見ていたものだった。


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「あのさ」

コーヒーを口にしながら新聞に目を通していると、台所からエディが話を始めた。

「ん?」

首だけを動かして食器を拭いている彼女の方を向く。

「ロイは、やっぱり大きい家の方がよかった?」

ほんの少したどたどしい言い方の質問に私は思わず小さな笑いを零した。コーヒーの新聞をテーブルの上に置き、体全体を台所へと向ける。

「どうして?」

「だって…大きい方が庭も広いだろ?」

まさか君は、私が家庭菜園が好きだから庭を作ったと思っているのかい?それは違うよ。自分が丹精こめて育てた野菜で君を少しでも喜ばせることができる。それが好きなんだ。

「私は別に庭作りにこだわってる訳じゃないよ。馬鹿でかくてメイドや執事が沢山いたりとか、大理石の床だとか特注のカーテンだとか、そんな物よりも君との二人きりの時間の方がよっぽど価値があるんだよ」

すらっと自然に出てきた台詞にエディは顔をほんのり染めて下を俯いてしまった。ごまかすように台拭きを引き出しから出して水で濡らして絞る。意識しているからなのかそれとも無意識なのか、音を立てる事によってこの場を凌ごうとしているのだ。相変わらず素直じゃない、でも分かりやすい仕草。

「これ、机拭いて」

「ああ」

もし大総統邸で暮らしていたら、そこで私達夫婦は総統と夫人として暮らして行かなければならなかったのかもしれない。どんなに小さくて狭い家でも愛しい人がいるだけでこんなにも穏やかで温かい場所になるなんて、きっと彼女と出会わなければ一生気付けなかったかもしれない。そんなもしもを考えると、今がこの上ない幸せであるということを実感できる。

「よかった。狭くて」

「え、何……エディ?」

机を拭き終わり椅子に深く腰掛けた途端、突然膝の上に座ってきた華奢な身体に、しかも顔をぐりぐりと胸に押し付けるもんだから呆気に取られてしまった。
ほんのり香る優しい石鹸の匂いが鼻を霞め、迷うことなく誘われるように背中に腕を回し抱きしめた。呼び掛けても返事がなくて少し心配になって、しゅるりと髪を纏めるリボンを解いてみたけどやはり変化がない。

「どうしたんだい?」

「だーかーら、狭いっていいなって」

さ、洗濯物干さなくちゃ。とさっさと降りてしまったエディ。残ったのは微かな温度と赤いリボン。そして甘酸っぱい悪戯のような真っ直ぐな思い。
彼女らしい答えに胸が高鳴った。頭もやっと奥の奥まで目が覚めた。
私も早く野菜達におはようの挨拶と水をあげるため立ち上がる。

太陽の光をうんと受けて、冷たい水をたくさん浴びて、やがてそれらは全てエディの喜びとなり、私の原動力となる。
赤いリボンで少し伸びてきた前髪をまとめてみると、重たそうな洗濯物を持ってきたエディに笑われた。
嗚呼、なんて素敵な日曜日なんだ。



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ユキ様、25000のリクエストありがとうございました!
まとまりのない文ですみません。素直じゃないエディを目指し、そしてとちくわ的ブーム家庭菜園を取り入れてみました。
優しい家なんだな、って事が伝われば幸いです。

ユキ様のみお持ち帰り可です。
リゼ