きっと彼は、まだキスというものを楽しめていない。
そう思ったのはついさっきだ。行きつけのレストランから出た直後。小さく短く挨拶のように愛をたしかめるようにそれでいて楽しくなるような、そんな気持ちで唇を寄せたのに、彼は真っ赤になって駄目と言い口を手で覆ってしまった。残念。と笑ってみせたが少し心にはチクッとしたものが残っていて、せめて手を繋ぐぐらいはと強引に手を握り(指は絡めずに)、今公園の横を通りすぎた。
そして家に向かっている。焦りがみえた。自分の中に。
はたして未だキスさえ慣れていないこの子を家に入れてもいいのだろうか。まるで情事をすることを前提としたような言い方だが、一応踏まえて思考を廻らせてみる。
…どう考えたってお互い楽しめるわけないじゃないか。
啄むようなキスとか求めあうようなキスだってしたいし、彼の白い肌を舌でなぞったり耳や喉仏に甘く歯を立てたりもしたい。二人の舌先だけを絡ませる擽ったいキスもしたくてしたくてたまらない。
でも唇に唇を重ねる事でさえ拒んでしまうような、そんな状況で以上の夢を叶えることは不可能だろう。
やはりまずはキスから練習しなくてはいけないのだろうか。否、キスに練習とは必要なものなのだろうか。今までキスなんて初めてとかいう人とはしたことないから分からないが、多分そうなんだろう。
次。次にまた会う時には自然にキスができてベットになだれ込めるようにさせてやる。そう頑なな決心をして、ポッケから家の鍵を出した。
―――――
「大佐ー、出たよ」
短パンとタンクトップ姿、タオルで頭を拭きながら出てきたエドワードは出来るだけ私と目を合わせないようにして横に座ってきた。横になって本を読んでいた私も起き上がって彼の横に腰掛ける。適度な距離を保って。
「タオル貸して。拭いてあげるから」
「ん」
水を吸って少し重たくなったタオルを取って、彼の金の髪を丁寧に拭いていく。同じシャンプーの匂いがしたのが嬉しかった。その間エドワードは手の置き場に少し戸惑いながらも大人しくじっとしていた。緊張というワードが彼の背中からじわりじわりと滲み出ている。嗚呼、この白いうなじに噛み付いてやりたい。
でも我慢。我慢我慢。今夜の目的はただ一つ。その唇がいつか私の唇を誘ってくれるように。
「エドワード。こっちを向いて」
―――――
やはり初めのうちは上手くいかなかった。嫌とか止めてとか、なんとも心に苦い言葉で抵抗されたが、私も対抗するように君は私が嫌いなのかい。と顔をしょぼんとさせて彼を責めた。
唇の上までは許してもらえたが、咥内はまだまだ入れさせてもらえそうになく、いったん顔を離して間を置いた。それでも肩に添えた両手はそのまま。逃げられては困るから。
そういえば、こうやってベットの上で向き合って座ってキスをするのは初めてだ。こんな神聖な気分になるのも。小さなキス一つにこんなに愛を込めるのも。相手を怖がらせないように気をつけるのも。全て。
「大丈夫か?」
「う、ん…」
「じゃあ、もう一回」
「ん…っ」
今度は苦しくなりまで放してやらない。そして息を吸ったところで舌を入れてやるんだ。
「、ん…ん」
身をもぞもぞと動かしどうにかして私を引っぺがそうとしている。負けまいと腰と背中を捕まえて唇を押し付ける。
ちらっと目を開けてみると、目の前で苦しい苦しいと、閉じられた瞳が訴えているのが分かった。少し可哀相だが、仕方がないんだ。
「ふ、んん…っ」
もうそろそろ…
開いた。
「んんっ!」
吸い込まれた空気と一緒に唾液を乗せた舌を差し込む。唾液も入れたのは厭らしい音を直ぐに立たせるため。そしたらきっとどうしていいか分からなくなって目を見開いて固まるだろうから。後は私の波に流せばいい。
15秒ほど彼の口の中で舌を上下させ、奥にある彼のそれを掠めたり上顎の裏をなぞってやる。怖さからくるものなのだろう、身体が強張っている。
「っ、ん…、」
「ん…」
ちゅく、と厭らしい水音をたてて接吻を切った。でも顔は近くのまま。額と額をくっつけて、鼻先と鼻先もくっつけて優しく呟く。
「任せてくれないか…。大丈夫。これ以上のことはしない」
穏やかな声色に安心したのか、ゆっくりとだが確かに頷いた彼の可愛いおでこと頬にありがとうの意を持ってキスをすると、それに応えるように背中に腕が回された。どうやら身を委ねてくれたようだ。
「ありがとう」
今度はちゃんと言葉で伝えた。だって凄く嬉しかったから。
私はエドワードを抱えるように、エドワードは私にしがみつくようにしてベットに横になった。また初めと同じように小さなキスを繰り返す。ただ違うのは、全く嫌がったりしないということ。口を離して顔を合わせると、嬉しそうな笑顔さえ見せてくれた。つられて私も笑う。そして再び唇は誘われる。
どうやら、今夜の作戦は成功したようだ。
きっと次にまたこのベットでキスをした時は、そのままその首筋に舌を滑らせて。