日記でぼやいていた作詞作曲者×歌手です。長いです。

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別れと出会いの花が散る季節。俺の夢はまた一つ現実のものとなった。
憧れていた光が目と鼻の先にあるんだという希望と緊張がごった煮になって、気持ちが落ち着いてくれない。お玉杓子の踊る四枚のラブソングをぎゅっと抱きしめて、知らず知らずの間に詰まっていた息を吐き出した。

(やった…)

今なら、某音楽ドラマの主人公が先輩とコンチェルトをできる日を願った気持ちがよく分かる。
とりあえず、じっとなんかしていられない俺は早くこの幸せを歌いたいと思い鞄の用意をした。皺が付かないようにファイルに挟んでペットボトルやタオルなんかが入った大きめの鞄に入れる。
喜び、嬉しさ、恥ずかしさ。桜色の心が弾んだ。


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いつの時だったか。

「おめでとう」

「ありがとうございます」

目と鼻の先で交わされる握手と優しい笑顔に胸の辺りが少しきゅっとなった。
スマートで、ロングヘアの似合う彼女は美しい歌声の持ち主で、俺みたいな奴は足元にも及ばないって事が分かった。それが第一の感想。そして第二は、俺もその立場になって、同じようにおめでとう、と言ってもらいたくなった。
音楽界に広まっている彼の名はロイ・マスタング。若さとセンス、おまけに女性を引き付ける容姿を持っている彼は、この歳にして既にレコード大賞で作曲賞、そして今年度では作詞賞に輝いたのだ。直ぐに実力は認められ、常に高い評価を得る曲を作っている。

俺も何度彼の曲に引き込まれたことか。
人の心を掴んで離さないメロディと歌詞は、きっと彼しか生み出せない。いつか、マスタングさんの曲を歌いたい。そう願っていた。


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「うーん…」

ピアノの前、譜面台に整列している楽譜とのにらめっこ。

「あら、どうしたの」

お昼の時間になったのになかなか出てこないから心配したわ、とコンビニの袋を持って入ってきたのはマネジャーのホークアイさんだ。自分的にはマネジャーというよりも頼れるお姉さんのイメージが大きい。

「あ、リザさん…」

「はい、お弁当」

差し出された袋を受け取りありがとう、と御礼を言う。中には俺の好きなツナのお握りが二個と温められたハンバーグ弁当。なんとなく子供扱いされているようで蓋を開けるのが恥ずかしかったが、お腹が鳴りそうだったことに初めて気が付き、有り難くいただくことにした。

「で、何を悩んでたの?」

「…この曲なんだけど」

首を軽く傾けるようにして楽譜に視線を移した。そして膝の上の弁当をつまみながら話を続けた。相槌を打ちながら聞いてくれるマネジャーに、今の心を隠す事なく開いていく。彼女の存在に少しホッとしながら、ハンバーグに箸をつけた。




マスタングさんがこの曲の『愛されていたい』に込めた想いを、いったい誰へ届けれはいいのか分からなかった。これはラブソングなんだから、聞いてくれる人へ言う『愛されていたい』じゃない。なら、この切ない願いは何処へと散ってゆくのか、悩んでも悩んでも答えは見つからなかった。

「直接聞いてみる?」

「そんな恥ずかしいことできっこないよっ」

「なら、これはあなたの曲なんだから、あなたの素直な気持ちでいいんじゃないかしら?」

「俺の…気持ち?」

あっさり返ってきた答えは今まで悩んできた俺の頭を一瞬にして洗い流してしまった。落ち着いていて説得力のある言葉に押されて、もう一度ピアノと正面に向き合う。音符の下に並べられた歌詞に、俺の心を重ねてみる。

「難しく考えなくていいのよ。確かに作ったのは彼だけど、歌うのは貴方よ」

大丈夫、と背中をポンと軽く叩きゴミを持って部屋を出て行った。



まずは改めて自分で弾いてみた。マスタングさんが生み出した音楽が俺を包みこむ。どこと無く切ない旋律は桃色と藍色の情緒を引き出し、まだ経験したことがない感情だったけど、ストレートに俺はその世界へと飛び込んだ。
イントロは無く、ピアノと同時に歌い始める。寂しい思い、そして切ない願いがそこに綴ってあった。
全体的に短い歌詞に俺の感情を込めて歌っていく。
平行するように、両手にも力が入り音楽は終わりに近付くほどクレッシェンドしていった。そして、穏やかに、消えるように弾けた。





「なかなか頑張っているようだね」

目を閉じて余韻に浸っていた俺は、低いテノールボイスで目を覚ました。驚き、振り向けばそこには彼がいた。フリーな格好で、以前はかかっていた眼鏡もない。有り得ないほどすぐそばにある存在は俺を窒息死させるほど大きなもので、行き先を失った鼓動は体の中で響き渡り、頭へとこだました。

「い、いつから…」

「最後のサビぐらいかな」

すっ、と目の前を彼の腕が通る。その瞬間、何故か呼吸が止まった。楽譜を長い指で掴み30秒ほどそれに目を向け、確認するように頷くと、俺に椅子から降りるように言った。言ったというよりも指で示したの方が適当かもしれない。
マスタングさんがいる側の反対、左側から椅子を降りると、彼はありがとう、と短く、そして深く俺の心を揺らし、まだ温かいであろう黒いそれに腰掛けた。持っている楽譜を順番に譜面台に並べる。

(何すんだろ…)

今この情況だけで心拍数は上がりに上がっている。こんな狭い部屋にあるのは一台のグランドピアノと俺と彼だけだ。もしピアノがなかったら、その時点で俺は窓から飛んで逃げてるかもしれない。そう思えるほど顔が熱いのが分かった。

「私が弾くから君は歌って」

「は、はい…って、え!」

とっさに答えたYESは脳でちゃんと考えて出たものじゃない。

「ただ、さっきと同じようじゃ駄目だ。私の事だけを思って歌いなさい」

口をぱくぱくさせて、必死に頭をフル回転させる。マスタングさんが弾いて俺が歌う。マスタングさんを思いながら。

(無理だ!)

知らず知らずの内に握っていた拳の中は湿度が上がっていた。なかなか返事が返せない俺に、マスタングさんは立ち上がり、有ろう事か

「エドワード」

腕を回した。
顔に押さえつけられた布越しの胸板が、とにかく厚い熱い。背中に当たる両手が信じられない。

「え、ちょっマスタングさ…!」

「大丈夫。落ち着いて。ゆっくり息を吐いて…吸って…そう」

俺にできることといったら、ただ彼の言った通にすることだけ。体にも心にももう余裕がない。吐いた息はぶるぶる震えていた。吸った空気は男の匂いを含んでいた。

「いいか、エドワード。恋をするんだ。今だけでいいから」

「こ、い?」

「でないとこの歌は歌えない。だから、今だけでいい。私に恋しなさい」

「…えっ」

「なんだ、嫌か?」

「そそそういう訳じゃ…っ」

「じゃあ、決まりだ」

言い終わると同時に額に感じた、確かな柔らかい感覚に俺の体温は上昇し、足の感覚までもをあやふやなものにした。
でも、それは新たに俺の心に淡い花を植えた。大人の温もりは離れていく。

「いくよ」

「はい…」

胸のどきどきがまだ治まらないけど、今はただあなたのリズムを感じたい。
アウフタクトを奏でるようにふわりと浮かんだ両手を合図に口を開け、冷たい空気を取り込む。
五分に満たない、二人だけの世界が始まった。


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買い物をするにもサングラスが必要となり、少しは大人になれたかな、とウインドウに写る自分を見てみる。

(…寂しいな)

擦れ違う人が俺の存在に目を止める訳でもなく通り過ぎて行く。隣に誰もいない自分がそこにいた。

街角で流れるラブソング。店に並ぶシングルCDのジャケットの裏には『Lyrics written by Roy Mustang』の文字が書かれている。この事実は俺の小さな花の蕾をとうとう開かせた。

俺は、あの曲の主人公になっていた。ただそのことに気が付くのが遅かった。まだよく分からないけど、多分俺は今、あの歌に一番近い所にいる。

『愛されていたい もっともっとあなたに』

皆はCDの売れ行きや、着うたランキングの事を話しかけてくる。もちろん俺だって嬉しい。初めてのラブソングは沢山の人に届けられたのだから。でも、

『愛されていたい 誰かじゃなくあなたに』

初めての恋はまだ中途半端なまんまだ。あの日の高鳴りを忘れない内に、早く気持ちを伝えたい。そう思えた。初恋は実らないなんて言葉があるけど、そんなのやってみなきゃ分かんないじゃないか。

「よしっ」

俺はまたあのピアノと向き合った。譜面台には真っ白な紙を立てて、ペンを握る。

『悲しくなるほど 呼吸に触れたい』

歌手として、あの人を愛した人間として、歌いたい。
そしてまた、彼にピアノを弾いてもらいたい。桜が散ってしまう前に、また二人だけの世界を奏でたい。

『あなたを思いすぎる』

手を伸ばした瞬間だった。



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タイトルと、エドが歌ったラブソングの歌詞は奥華子さんの曲からあやかりました。
音楽をやっているちくわ的には書いててものすごく楽しかった。読んで下さるみなさんにも優しい春が訪れますように。別れがあれば出会いがあります。←なんかムカつく(笑

あ、長いので多分どっかに誤字や脱字があると思います(おい
みつけたらこっそり教えてやって下さい。



こっそり町田さんに捧げます。

リゼ