日誓月盟A
「いやー、わしとしたことが…本当にすまなんだ!」

ある日の渓流の朝。
すっきり晴れた空の下、大樹に古びた鳥居が寄りかかるエリアに、青熊獣や丸鳥をはじめとした渓流に住む面々が集合していた。

「…まぁ仕方ないですよ、あの橋もきっと老朽化していたんでしょう」

「おじいちゃん、通り過ぎるだけで暴風起きちゃうもんねー…」

みんなの目線の先には、このエリアと竹林のエリアを結んでいたつり橋…の残骸。

どうやら嵐龍は、ここを通り過ぎる際に、持ち前の大風でつり橋を破壊してしまったらしい。
以前ここにあった村をいとも簡単に壊滅させてしまった嵐龍の力を知る皆は、責めるようなことはしなかった。

「わしやナルガなら飛べるから問題ないのじゃが…渓流には飛べない者も多い故、迷惑を掛けてしまうじゃろうな。直るまでしばらく我慢してくれんかのう」

手を合わせて皆に頭を下げる嵐龍。神様に頭を下げられるとは誰も考えていなかっただろう、顔を上げてくださいと皆が言った。

「そうそう、これを渡しに来たんじゃった。詫びにもならんかもしれんが…」

そういうと足元に置いておいた風呂敷包みを解き、板のようなものを集まった皆に手渡ししていく。

「ん?なぁにこれ?」

「明日の朝、太陽と月が重なる不思議な現象が起こるらしい。そこでこの『日蝕観察ぷれーと』なるものが活躍するのそうなのじゃ!いやはや、人間は面白い物を作り出すもんじゃのぅ」

どうやって使うの?と目を輝かせる面々に説明する嵐龍。その様子は人間たちで言う学校の授業のような、微笑ましい光景だった。

一通り金冠日蝕について説明した後、嵐龍は一つだけ、みんなに嘘を吐いた。

「…行商人から訊いた話によると、どうやら渓流で一番良くその現象が見られるのは、櫓の残骸がある広場らしい。次の金冠日蝕がいつになるか…わしにも想像がつかんからのう、是非とも見逃さないで欲しいものじゃ」

もちろん、地球規模で起こる現象に、一つ二つのエリアで見られる差などほとんど無い。
しかし良く言えば純粋、悪く言えば単純な面々。
わくわくした表情で、早速明日の場所とりの相談を始めていた。
そんな様子を満足そうに見渡し、嵐龍はその場をそっと離れ霊峰の自宅に戻ってきた。
―今は亡き仲睦まじい夫婦の再会に向けて、最高のお膳立てを考えたリオ夫婦の話を、嵐龍はこっそり聞いていた。
過去のせめてもの償いとして、人知れずひそかに協力することにしたのだった。
約束のエリアに誰も寄り付かないよう人払いをし、エリアの境界には頼れる恋人と弟子という最強の見張りを従わせ、ハンターや他のモンスターがやってきやすいつり橋を(あくまでも事故を装って)破壊しておく…というのが精一杯の助力だった。

古龍種である嵐龍にとってはもう把握できないほどの長い時間が経ってしまったが、あの事件は今でも心に突き刺さっている。
あのときの自分の無能さは、いくら後悔しても許せることではない。

日のよく当たる縁側に腰を下ろし、綺麗に晴れた空に向かってつぶやいた。

「わしにはこれぐらいしかできんが…せめてもの罪滅ぼしじゃ、ゆっくり逢瀬を楽しむといい」



次の日の朝。渓流の皆は見張りの雷狼竜と迅竜以外、櫓のあるエリアに集まっていた。嵐龍の計算通り、渓流には単純な面子が多かったのがある意味幸運だったのだろう。

「なんだおい、今日はやけに静かだな」

ばさばさという翼の羽ばたく音。嵐龍の計算とは知らない雌火竜は、静まり返る渓流に疑問符を浮かべながら、壊れたつり橋の方角から誰かの手を引いて飛んできた。

「…ったく、レウスもまだいねぇし、何やってんだよあいつは…」

「ほ、本当に会えるのでしょうか…?」

鳥居の前に降り立ち、雌火竜に支えられて立っているのは片脚の金火竜だった。

「おう、きっと会えるぜ。そのために俺が化粧もばっちりしてやったんだろうが、しゃんとしやがれ」

まるで初めてのデートを前にした女の子のように緊張しっぱなしな金火竜の背中を叩いて気合を入れる雌火竜。
…もっとも、幽霊に化粧をすることになるとは生まれてこの方考えたこともなかったのだが。

「すまないレイア、少し遅くなってしまった!!」

遠くから聞こえてくる火竜の声。
地上に降り立った火竜の影から、片翼を失った銀火竜が現れた。

時刻は、まさに金冠日蝕が始まった時。

二人の予想どおり、金火竜と銀火竜の逢瀬が叶ったのだ。

「銀…様…?」

「ルナ…」

金火竜の元へ歩を進める銀火竜と、雌火竜に支えられて銀火竜に手を伸ばす金火竜。距離は次第に縮まり、金火竜が銀火竜の胸へ飛び込んだ。

「ずっと…ずっと、お会いしとうございました!!」

「私もだよ、ルナ…久しぶり」

そう言ったきり、抱き合って静かに涙を流す金火竜と銀火竜。それを遠巻きに見守る火竜と雌火竜。

ひたすらぎゅっと抱きしめ合い、何か言葉を交わすでもなく静かな時間だけが過ぎていく。

永遠のようでいて一瞬だったその時間。

金冠日食の終わりが近づくにつれ、銀火竜の身体は徐々に薄くなり始めた。

「本当は生きてる間に伝えられたら良かったんだけど、君にずっと言いたかったことがあるんだ」

「私も、伝えたいことがございます」

私の妻になってくれてありがとう

私の夫になってくださり、ありがとうございました。

君を残して先に死んでしまって、本当にすまなかった。

私こそ、守りきれずに死なせてしまい…本当に申し訳ございませんでした。

そんなに悲観しないでくれ、私は君と過ごせた時間が幸せでたまらなかった。

銀様は私を甘えさせてくれた唯一の方でした。とても幸せでした。

大好きだよ、ルナ。

お慕い申しております、銀様。

…また会おう。

はい、またいつか。





愛してるよ。

――――…。

そっと口付けを交わし、最後の最後にそう一言残して、銀火竜は消滅してしまった。金冠日蝕が終わってしまったのだ。

一人残された金火竜は、奇跡を目にして呆然としている火竜と雌火竜に太陽のような笑顔を向け…そして、同じように消えてしまった。

「…成仏…したのか…?」

「そうだといいね」

奇跡が終わった渓流は、またいつものように時を刻み始める。傾いた鳥居に朝日が当たり、どこからか観察を終えた面々の賑やかな声が聞こえてきた。

「素敵な夫婦だったね、私たちもあんなふうになれるだろうか」

「死んで尚、化けて出てまで恋しあうってことか?はっ、冗談言うんじゃねぇよ」

火竜がぽつりとそんなことをこぼすと、雌火竜は口では素っ気無く返していたが、顔は真っ赤になっていた。

「…まぁ、あんだけお互いのことを想い合えるような関係になれりゃぁ…それに越したことはねぇけどよ」

「ん、何?レイア」

「…っ…!うるせぇ、なんでもねぇよバーカ!!」

雌火竜の回し蹴りが火竜の腰にヒットする軽快な音が、エリア中に響き渡った。



ススキがしげるエリアとの入り口に雷狼竜、大樹の上に迅竜、そして洞窟の入り口で寝転んで頬杖をついていた嵐龍。

リオ夫婦の他にもこの奇跡を見ていた面子だ。
…というよりは、見張っていたという方が正しいのだが。

「いやー、ご苦労だったのう。またいつか礼はするのじゃ」

「いえ、師匠のお力になれれば…」

「それにしても羨ましい!わしらもあんなふうになれれば…のう、ジンオウガ?」

「…知るか馬鹿」

たった今あんな不思議な現象を目の当たりにしたというのに、いつもの調子で絡む嵐龍にあきれる雷狼竜。

リオ夫婦が去ったことを確かめて、鳥居の前に集合し雑談をしていた…そのとき。

渓流に生命の光を注いでいた太陽をさえぎる一つの影に、その場にいた三人全員が身構えた。

逆光で詳細を確かめることはできないが、太陽を背に冷たく眼下を見下ろすのは、先程成仏したはずの金火竜。

…いや、姿形は似ているが、あの美しい金色はまるで夜の闇を映したかのような漆黒に、優しい紅色の瞳はぎらりと光る灼眼に変貌した『全く別の竜』であった。

「お主…!!」

嵐龍が追いかけようとするも、口元に薄い笑みを浮かべたその竜は、頭上を一度旋回し消えてしまった。

「アマツ、今のは…」

「…これはまた面倒なことになりそうじゃな」

謎の竜が消えた虚空を苦々しい面持ちで睨む嵐龍。



以降、噂になっていた幽霊の目撃情報は一切無くなり、一部の者を除いてそんな噂は皆忘れてしまった。

…が、奇跡が終わった渓流の朝から、嵐龍の心には未だ消えぬ影が落ちていた。

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