日誓月盟@
仲睦まじいあの夫婦がいなくなってから、もう何年経ったのだろうか。百年経ったのか千年を優に超えてしまったのだろうか。

最近渓流で、ある話題が持ちきりになっていた。
二つの幽霊が、渓流を徘徊しているのだという。
片方の幽霊は夜に出て、片方の幽霊は昼間に現れるらしい。

ジャギィノスからその噂話を聞いた雌火竜は、鼻で笑っていた。
根っからの性格からそういった話には興味が無いし、そもそも昼間に出る幽霊など聞いたことが無い。
おおかた他のモンスターか、珍しい装備のハンターでも見間違えたのだろう…と高をくくっていたのだが。

出会ってしまったのである。
お天道様がさんさんと輝く、真っ昼間の渓流で。

何かを探すように、覚束ない足取りで消え入りそうな金色の幽霊を。


最初こそ半信半疑だったのだが、ひらりと美しい着物の袖がはためいた時、よく見るとその幽霊にはもう片方の脚が無いことに気付いた。
そこで以前嵐龍から聞かされた金火竜と銀火竜の伝説を思い出す。
―この幽霊は金火竜に違いない。
そう確信を持った雌火竜は、木の陰からしばらくその様子を伺うことにした。

時折ふらりと移動して木に触れたり、空を見上げたり、辺りを見回したり。
どうやら何か探し物をしているらしい。

「よぅ、姉ちゃん。なに探してんだ?」

なるべく動揺している自分を悟られないよう、かるーく話しかけてみると…金色の幽霊はそれはもう大げさにびくっと驚き、目をまん丸にして雌火竜を見つめた。

「アンタ、最近よく渓流でうろうろしてるっつぅ幽霊だろ。さっさと成仏したほうがいいんじゃねぇの?」
その言葉に、悲しそうな顔で俯く金色の幽霊。

「…どうした、なんか心残りでもあんのか?俺でよければ話してくれよ」

幽霊とはいえ、こんなに悲しがられては気になってしまう。
元来の姉貴肌でつい相談に乗ってやりたくなり、金色の幽霊に優しく語りかけた。

「私は、旦那である銀火竜を捜しているのです」

「銀火竜…って、あの伝説の…『白銀の日輪』の?」

こくりとうなずく金色の幽霊。

「っつうことは…アンタはやっぱり嫁の金火竜か。会いたいなら会えばいいじゃねぇか、夫婦だったんだろ?喧嘩でもしたってぇなら話は別だが…」

「喧嘩などする筈がございましょうか…!!違います、どうしても、昼と夜の帳が邪魔をして…会えないのです」

恨めしそうに拳を握る金火竜。
とばり?と首を傾げる雌火竜に頷き、また悲しそうに話しだす。

「どういうことか、私は太陽が天に昇っている間しか姿を現すことができませぬ。夜が来ればこの身は消えてしまう。その間になんとか銀様にお会いしたいのですが…」

「ふぅん…そうだ、俺と手分けして探してみるか?二人なら、半日ありゃぁ渓流くらい全部探し回れるぜ」

どうせ俺、今日は暇だしな。
いたずらっぽい笑みに八重歯を覗かせて、雌火竜は金火竜に笑いかけた。
それまで浮かない顔をしていた金火竜はぱっと顔を明るくして、頷いた。


それから半日、雌火竜と金火竜は渓流をずっと歩き回って探したのだが、結局銀火竜を見つけることはできず夕方になってしまった。

最初に出会った鳥居の前で落ち合った時には、金火竜の体は先程言っていた通り、薄くなり消えかけていた。
残念そうな様子の金火竜に、雌火竜は慌てて声をかける。

「おい、金火竜の姉ちゃん!またいつでも旦那探すの付き合ってやっから、また出て来いよ!」

その声に、悲しそうに俯いていた金火竜は力なく微笑み、礼を言うようにリオレイアに頭を下げ、そして消えていった。



その日の夜、砂原にいる友人の角竜の元に訪れていた火竜は急いで帰ろうと渓流の空を飛んでいた。
あまり遅くなると妻に怒られるからだ。
…彼女なりに心配しているのだろうということはわかっているが、できれば蹴られたくはない。
スピードをあげようと翼に力を込めた時、眼下に銀色に光る何かを見つけた。
ハンターの武器かもしれないと、用心深く地上に降り立つ。
そこにハンターの姿は無く、何かの見間違いだったのかと辺りを見回すと、やはり銀色の何かが月の光を反射させている。
よく見るとそれは自分と同じ火竜だということに気付いたが、体色は見たことも無い銀色、そして飛竜種の命ともいえる翼が片翼しか無い。飛ぶこともできず、ただただ頭上の月を見上げて座っているのだ。

「あの…どうかされましたか?」

恐る恐る声を掛けてみると、座ったままの銀火竜は少し驚いたような顔をして、銀髪の隙間から見える赤錆の瞳で火竜を見詰め返した。

「ルナを…妻を、捜しているんだ」

「妻…?というと、もしかして金火竜ですか?」

火竜は、以前嵐龍から聞かされた金火竜と銀火竜の伝説を思い出した。
―銀火竜の無惨な死に方も。
その問いに静かに頷く銀火竜。そして寂しそうに目を伏せて呟いた。

「こんな私を夫としてずっと助けてくれていた、優しい妻だ。なさけないことに、私は生前から身体が弱くて、臥せていることが多かったけれど…今では翼まで失って、飛ぶこともできないんだ」

その話を聞いて、伝説の銀火竜に違いないと確信を持つ。
銀火竜の悲しそうな横顔を見て、根が優しい火竜は放っておけなくなってしまった。

「一緒に探しましょう。私でよければお手伝いしす」

柔らかく微笑んで手を差し出す火竜に、銀火竜も同じく笑顔を向けたが、その後首を横に振った。

「嬉しいけれど、いくら手伝ってもらっても私には無理だよ」

「そんな…。諦めないで捜せばもしかしたら…」

「私は月が昇っている間しかこうして姿を見せることができない。この身体では、捜すといってもこのあたりを這いずるのが精々さ」
うまく返す言葉も案も見付からず、火竜もため息をついた。

「…折角の申し出を断ってしまってすまないね。話を聞いてくれてありがとう。さぁ、君も妻を待たせているのだろう?早く帰ってあげないと」

力なく笑う銀火竜に後ろ髪を引かれる思いで、火竜は翼を広げた。

「相談や惚気話くらいなら、またいくらでも付き合います。またお会いしましょう」



案の定、帰宅した直後に帰りが遅いことを心配していた妻から愛のこもった回し蹴りを食らった火竜。
いつもならこれに加えて文句の一つや二つあるのだが、今日の妻はやけに落ち着いている。

遅くなって本当にごめんね、と謝る火竜を黙って見詰めていた雌火竜だったが、おもむろに昨日出会った金火竜の話をきりだした。同じように銀火竜に遭遇した火竜も、先程の出来事を事細かに話した。

「それにしても不思議なことがあるものだ、まさかレイアも金火竜に出会っていたなんて」

「ほんとにな。しかしあれだけ捜したってのになんで見つけられなかったのかと思えば…なるほど、お互い入れ替わりになっちまってるって訳か。太陽と月がいっぺんに天に昇らない限り、あいつらは会えないってことだろうな」

難題を前に、胡坐をかいて腕組みをして唸る雌火竜。
火竜も同じように考え込んでいたが、ふと昨日角竜に聞いた話を思い出した。

「太陽と月がいっぺんに…それだよレイア!」

「はぁ?な、なんだよいきなり…」

「昨日ディアに、近々金冠日蝕っていうのが渓流で見られるんじゃないかって教えてもらったんだ。地球と太陽の間に月が重なって、その影から漏れる太陽の光が輪のように見える現象なんだけど、まさしく太陽と月がいっぺんに天に昇る時なんじゃないか?」

おぉ、と声を漏らし、雌火竜も納得する。

これが、きっと金火竜と銀火竜が出会える唯一の時なのだろう。
金冠日蝕が起こるのは朝、つまりいつも銀火竜が現れるエリアに、夜から金火竜に待っていてもらえばいい。
そうすれば月が天に昇り影として見えた瞬間、そこで二人は落ち合えるはずだ。

「ここまで偶然が重なるのは奇跡だな。…見ず知らずの幽霊だろうが伝説の夫婦だろうが関係ねぇ、恋しあってる二人を合わさねぇ訳にゃいかねぇよな。あいつらの為にも、一肌脱いでやるとするかね!」


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