長旅も幕を閉じ、漸く縹家の社に着いた。

色々とあったが婚儀も無事終わり、数ヶ月が経った。
縹家に来てから、朱音の性格も良いのか悪いのかすっかり変わっていた。
縹家の大巫女、縹瑠花様と喧嘩の毎日を送るほどだ。だが、だからといって仲が険悪な訳ではなく、むしろ良好であった。


朱音が結婚したのは、まるで綺麗な人形のような男の子だった。
ほとんどしゃべることはなく、食事にもあまり姿を現さない。気付くと書庫へと消えてしまっているのだ。
何より朱音が一番驚いたのは…以前の朱音のように、その男の子がまるでそこには誰もいないような扱いを受けていたことだ。
理由は、彼が無能≠セから。
朱音の夫の名前は縹リオウ=B彼の父の名は…縹璃桜≠ニ、最早彼の名前すら彼のものではなかったのだ。


彼は一日に一回程度しか食事をするところを見たことがない。
流石に心配になった朱音は勇気を出して行動に起こすことにした。


『お腹減ってないだけかもしれないけど、おにぎりならいつでも食べられるし…大丈夫だよね!』
朱音は一人呟くと、厨房を借りておにぎりを作り、いくつもある書庫の中からリオウの気配がする書庫を確かめ、入って行った。
なぜ気配が読めるのかというと、朱音は以前紫仙である紫霄の紹介で宋おじいさま≠ニ知り合い、剣を教えてもらったために気配が読めるようになったのだ。
朱音は飲み込みが速いため、今や剣の腕は宋おじいさま≠謔闖繧ナあるのはまた別の話だ。


『!!(気配を消された?…そんなに嫌われてるのかな、私…。)』

さっきまでしていたリオウの気配がその場から消えた。
と言っても、朱音にとっては気配が薄れた程度でリオウの存在はちゃんと感じ取れていた。


朱音は一見、誰も居ないような空間に話し掛けた。

『ひ、一人になりたいなら…いいえ、私のことが嫌いなら、会いたくないのならかまいません。でも…食事くらいちゃんと摂って下さい。お腹が減ってからでいいから…。』

朱音は手に持っていた盆を手近な机に置いた。

『ここにおにぎり置いておきます。…よければ、食べて?』



■□■□■



…こんなに嫌われてるとは思わなかった。
『…っ!』
涙が勝手に溢れだした。
瞳から零れる涙に、私は慌てて口元を押さえ、書庫を飛び出した。
私は書庫から自分に与えられた室まで走り、顔を伏せるように寝台の横に座り込んだ。


『っ…ひっく…』
涙が止まらない。明らかに嫌われた態度には慣れたつもりだった。だけど…

…私はここにも…縹家にも居場所は無かったのかもしれない。
確かに…この婚儀はただの厄介払い。双方の利害が一致した結果。
だけど、ここなら…誰かの為、役に立てると思ってた。でも…ここまで嫌われちゃって…本当、悪循環…。

『…泣いちゃ、だめ…。』
最初から、必要とされてないことなんかわかってた。
だから…泣いちゃだめ。
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