グリーンフラッシュ















塔のてっぺんに少女はいた。

ホグワーツ城で最も高い北の塔で、天文学の授業が終わりを告げても動こうとしなかった。じっと何かを待つように、ずっと同じ場所で同じ方角を見つめていた。

チャリンと手の中で鍵を弄びながら少年は背中越しに毛布の塊へと目を向けた。教授から扉の管理を任された身としては、さっさと戸締まりをして暖かい寝床に潜り込みたい。

そこにいる迷惑極まりない少女に鍵を押し付けたい衝動に駆られるが、無責任な奴だと教授に思われるのは癪だった。





「アミ」

「んー?」





毛布の塊は腑抜けた返事を発した。





「まだ戻らないのか」

「だからセブルスは先に帰って良いよって言ったじゃんか」





ムッとして軽く小突くと、背中にぐっと体重が掛けられた。





「僕の信用に関わる」

「女の子ひとりじゃ心配だからって言うべき所だよ」

「ああ、そういえばお前は女だったな」





不満げな吐息を漏らして、アミはまた空を見つめはじめたようだった。日付が変わってから大分時間も経ち、空は僅かに白んできている。





「何を待っているんだ」

「グリーンフラッシュ」





思わず顔を顰めた。


それは幾つかの偶然が重なり、加えて、時の運もなければ見ることが難しい非常に稀な自然現象。




鮮やかな一瞬の、奇跡。




ここで見られるとは到底思えなかった。






「見られるわけないだろう」

「でも、まだわからないよ」





頑なな響きに、溜息。
身体の向きを変えて隣に座った。





「見れても、見られなくても」






じっと前方を見据えながらアミは言う。零れはじめた光に彼女の金目が反射して輝く。黄玉の瞳に微かな陰が揺れていた。








「日の出を見れば、私のことを思い出してくれるでしょ?」








横を向いていた頬が熱くなった。
昇る太陽が柔らかい光を広げ、自分たちを包み込む。アミを見つめていた自分には、エメラルドの輝きを確認出来なかった。





「アミ」

「んー?」





その瞬間を待ち望んでいたはずの少女の名を呼ぶ。膝に顔を埋めたまま日の出を向かえた彼女の声は震えていた。





「グリーンフラッシュは海でよく見れるらしい」





そっと上げられたトパーズのような瞳をじっと見る。濡れた睫毛をゆっくり動かしてようやく彼女は目を合わせた。





「今度、見に行こう」





少女は黄玉の瞳を大きく揺らし、瞬きを繰り返した。そして、薄く微笑んで了承の返事を小さく返す。

太陽にかざしたトパーズのような双眸に照らされて、少年も眩しそうに目を細めた。







いつになるかは分からない
それでも、交わしたのは約束


刹那に過ぎ去ったこの日を糧に
鮮やかな思い出を胸に






明日、彼等は巣立つ。















グリーンフラッシュ
また必ず、見(まみ)える日まで





- 12 -

戻る
リゼ