室町時代パロF
延々と続く白塀に沿って大路を歩く。

やっと塀が途切れたと思ったところに鎮座する仰々しいほどの表門に、思わず変な唸り声をあげると隣に立つ男がこちらをじとりと見上げてきた。
出会った頃こそ何があっても変わらない表情に何を考えているのかさっぱりだったが、一緒に旅をするうちにだんだん僅かな表情の変化が分かるようになってきた。何だかんだと喧嘩ばかりだが、もう1年近くも一緒にいるのだ。

俺とこいつ、黒子は用心棒以上友人未満な関係だ。
俺が言ったんじゃない、黒子がそう言ったのだ。

俺たちの関係は1年近く前、ここより西の小さな村の外れでタチの悪い追い剥ぎにあっているのを助けたところから始まる。剣豪と聞いて殴り込みをかけた先の道場主の余りの弱さに苛ついていた俺は、下品な笑い方をしながら黒衣を剥ぎ取ろうなどという罰当たりなことをしようとしていた野盗を抜きもしない刀で一撃のうちに卒倒させ、その見知らぬ僧を助けた。別に特別に信心深いわけじゃない、ただ苛ついていた。それだけだ。
お礼に経をなどと言うのを断り、そんなものより何か食い物はないかと言った。いつもなら道場破りをした先で飯の一つも馳走になるが、如何せん今日の相手は弱過ぎた。長居することすら嫌になるほど苛つき、思わずさっさと出てきてしまったために空腹は限界だった。

そんな俺の言葉にこいつは言ったのだ。
「僕の用心棒になりませんか?」
と。聞けば諸国を廻りながら行き倒れや貧しい人々に経を上げたり、説教をしたりしているのだという。そんなこと、一銭にもならないし腹だって膨れないのに。


そんなことを思っていたのは、もう随分前の話だ。
こいつの深い考えに触れて、こいつの熱い想いに触れて、そして悔しさや虚しさにも触れた今はもう、無駄だなんてそんなことは思えない。


そんなわけで、行き倒れの奴を見付けては手を合わせるこいつに付き合うようになって数ヶ月。
まさかこんな、門から母屋が見えないほどバカでかい屋敷にこいつが入って行くなんて、誰が想像しただろうか。

大きな門を潜り、迷わず石畳を進む黒子を慌てて追いかけた。
「こ、此処が…お前の知り合いの家なのか?」
「えぇ、赤司くんは名門の生まれで…」
黒子の声はそこで途切れた。母屋の方向から物凄い勢いで走ってきた何かがバフッと飛び付いてきたから。

「くーろこっちー!!会いたかったっスー!」
黄色い頭をグリグリとすり付けられながらぎゅうぎゅうに抱き付かれ、今にも倒れそうになっているのを見て慌てて間に入りひっぺがす。
「黒子っ!」
「げほっ、すみませ…ありがとうございます…」
「あーっ!黒子っち!」
引き剥がされた男はそれでも黒子に向かって腕を伸ばしていたが、完全に俺が入ると無駄だと分かったのか素早い動きで回り込み再びギュッと黒子を抱き締めた。今度はかなり加減をしているが、黒子はげっそりとしている。
「き、黄瀬くん…お久しぶりです」
「本当に久しぶりっスよー!全然帰ってこないから、心配してたんスよ?」
「すみません…でもたった1年ですよ」
「1年もっス!本当に淋しかったんスから!」
黒子の髪にすりすりと頬摺りしながら泣き真似をする黄色い髪の男を唖然と見る。
「お、おい…」
思わず短く声をかけると、デロデロの笑顔で頬摺りしていた黄瀬と呼ばれた男はちらりとこちらを見た。その目は、およそ同一人物とは思えないほど剣を含んでいる。
「……あんた、誰スか?」
柄悪く睨まれながら放たれた気に、思わずぶわっと背筋が震える。

こいつ、つえぇ。

黒子は赤司の家に行けば強い奴がいると言っていたが、正直期待なんかしていなかった。
それがまさか、これほどの相手に出会えるとは。

無意識に口角が上がる。
ゆっくりと手を上げて腰にさした刀に手をかけた。黄瀬もゆっくりと腰のものへと手を伸ばしたのが分かった。と、その時。

「「いてっ!」」
黒子が振り下ろした手刀が俺たちの頭に振り下ろされた。
「全く、何をしているんですか。火神くん、こちらは黄瀬くんです。この前話したでしょう、僕が助けた人を預かって貰ってるって。彼がそうです」
呆れ顔をしながらも俺に黄瀬を紹介してくれた。
「黄瀬くん、こっちは火神くんです。旅の途中でおい剥ぎにあっていたのを助けて貰って、それから一緒に旅をしてるんです」
「お、おい剥ぎ?!」
黒子の言葉に黄瀬は真っ青になって大丈夫か大丈夫かと黒子にまとわりついていたが、黒子にぴしゃりと大丈夫だと言われると安心したのかやっとこちらを見てふわりと笑った。
「黒子っちを助けてくれたんスね、ありがとう!火神っち!」
「火神、っち?」
なんだ、それ。
「黄瀬くんは認めた相手には何々っちって呼ぶんです。良かったですね」
「いや、よくねーよ?!」
言いながらさっさと母屋へと足を向けている黒子を慌てて追いかける。その足取りに迷いはなく、こんなにバカでかい屋敷と黒子が上手く結び付かないけど、本当に来慣れているんだと知れた。

「そういえば、よく僕が来るのが分かりましたね?それに、随分静かじゃないですか?」
すたすたと歩く黒子の周りを黄瀬はじゃれつくようにクルクル回っている。その顔がよくぞ聞いてくれました!と輝いた。
「赤司っちが!今日黒子っちが来るって言うから、朝から待ってたっス!」
褒めて褒めてと更にじゃれつく大きな図体に抱き付かれ黒子がよろける。
「黒子、今日行くって知らせてたのか?」
「いえ。好きな時においでと言われてるので、連絡は特に…」
「…ん?」

「「まぁ、赤司くん(っち)だから」」

俺の怪訝な気持ちが顔に出ていたのだろうか。二人の声が綺麗に重なった。




草履を脱いで屋敷にあがり、長い廊下を歩いて奥へと進む。先を歩く黒子の足取りにはやはり迷いがない。
角を曲がって2つ目の部屋で足を止めて、ためらいもなく開けた部屋は…がらんとしていて誰もいない。てっきり赤司って奴がいると思ったんだけど。

「赤司くんは、御所ですか?」
「今日はお休みっス。黒子っちが来るから、緑間っちをお迎えに行ったっスよ」
「緑間くんを?じゃあ、青峰くんはそのお供ですか?」
知らない名前が次々出てきて、思わず口をつぐむ。
黄瀬はふるふると細い髪を揺らした。
「違うっス、青峰っちは別のお使いに行ったっスよ。赤司っちのお供は紫原っちが行ったっス」
「むらさき、ばらくん?」
どうやら黒子も知らないみたいだ。
「はいっス!だから俺がお留守番しながら、黒子っちを待ってたっス!」
誉めて誉めてと言わんばかりに黒子の前に行儀よく正座する黄瀬の頭を、黒子は呆れたため息を零しながらも偉いですねと言いながら優しく撫でた。


それにしても、デカい屋敷だ。
それなのにまるで人の気配がない。いや、正確にはずっと離れたところに数人の気配がある。恐らく炊事をする下人だろう。


旅の荷物を解きはじめた黒子にまとわりついていた黄瀬は、邪魔ですとにべもなく言われてしょんぼりしていたが、やはり暇を持て余したのか手合わせをしようと声をかけられた。俺に否はない、望むところだ。

黄瀬がどこかから持ってきた木刀を手に、庭に降りて手合わせをする。これが思いの外白熱した。最初に見立てた通り、強い。しかも俺が繰り出した技を片っ端から真似されるのだ。しかも技のキレは向こうが上というから自然と気持ちが高揚していく。

数回だけ手合わせするつもりが、取って取られてを繰り返すうちに二人とも汗だくになってしまった。

戦勝がちょうど77勝77敗になったときだった。
不意にそれまで閑散としていて人の気配がなかった屋敷に、賑やかな気配が入ってきたのを感じた。それでも俺も黄瀬も剣を構えたまま機を伺ってピタリと構えを崩さずにいた。集中力は最高に高まっていた。

どう動く?
右、いや、左から切り込んで袈裟懸け…と見せて俺がさっきやった下段への横払いからの切り上げか。
僅かな剣先の動き、視線、重心の変化からあらゆる手を想定する。

来る。

そう思った、まさにその時。
「赤司くん、お久しぶりです」
庭の隅で俺たちの立ち合いを見ていた黒子の言葉に、研ぎ澄まされていた黄瀬の集中が一瞬で霧散した。
黄瀬は構えていた木刀を綺麗な所作で降ろすと小さく一礼し、くるりと振り返った。その背中は俺とわりと本気の手合わせをしていたさっきよりも、心なしかピシリと伸びている気がする。振り返る時に見えた頬も、僅かに引きつって見えた。


「やぁ、黒子。久しぶりだね、無事で何よりだよ」
庭の向こうからゆったりと歩いてくる赤髪の男の、凛と澄んだ声がカラリと晴れた空に響いた。世情に疎い俺ですら、上等とわかる着物を着ているその立ち居振る舞いは、見事としかいいようがないほど隙がなく洗練されている。
まるで水の上でも歩くような足運びに思わず意識を奪われ、気付いた時には俺のすぐ近くまで来ていた。あまりにも優雅で、あまりにも滑らかで。だから、俺は気付かなかったんだ…こいつの手に、抜き身の刀が握られていたことに。


「−−−っ?!」
「火神くんっ!」

咄嗟に顔を逸らした自分を、褒めてやりたい。
庭に黒子の悲鳴にも似た声がこだまする。

さっきまで俺の顔があった数寸向こうに、ぎらりと光る鈍色の凶器がある。音もなく滑らかな足取りで近付いたと思ったら、赤司は迷うこともなく刀を突き出してきたのだ。俺の左目を目がけて。

「……へぇ、よく避けたね。多少はやるらしい」

掲げた刀を僅かに動かし、俺の頬へとヒタリと当てた赤司は、その丸い目を更に見開いてこちらを真っ直ぐに見上げてきた。その迫力。
俺は今まで腕に自信のある奴とそれなりの数剣を交えてきたが、此処までの剣気に当てられたのは初めてだ。不意をつかれたのもあるが、うそだろ、指1本ですら動かせねぇ。

「よそ者がオレの屋敷に何の用だ?オレが今日招いたのは古くからの友人と気心の知れた仲間だけだ、何処の者とも知れない奴は即刻立ち去れ」
「赤司くん!違うんです、彼は…」
「立ち去れと言ったんだ、二度目はない」
必死に説明しようとする黒子の声を遮って赤司がきっぱりと言い切る。その指に僅かに力が籠もるのを、どこか他人事のように見ていた。……来る。


「いたっ?!」

重厚な圧迫感と呼ぶほどの剣気に頭が真っ白で、ただ繰り出されるだろう剣先にだけ集中していたのだが、呆気なくその剣気は散り赤司の口から短い声が漏れた。
不満そうに後頭部を押さえながら振り返った赤司は、次の瞬間には額を小突かれよろけている。

「何やってんだ、お前は!あぶねーだろうがァ、簡単に頭に血ぃ昇らせてんじゃねーよ」

赤司の後ろに立つのは渋い着物を粋に着こなした、何とも柄の悪い男だった。しかも、その後ろには紫の髪をした大男が眠そうな顔で立っている。

な、何なんだ?!
何なんだよ、こいつらは?!黒子、お前の知り合い色々可笑しすぎねー?!


そんな疑問は、すぐにどうでもよくなった。何故なら…。

「あれ、大我?」
「はっ?……た、辰也ー?!」

大男の後ろからひょっこりと顔を見せたのは、俺がよく知っている顔だったから。



→ここまで長いなら、いっそ短編じゃないの?という長さですね。

でもどうしても赤司さまvsかがみんまで書きたかった。うん、大満足。


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