室町時代パロC
「いたぞ!回り込め!」

思ったより近くから聞こえた声に、かなり距離を詰められたのだと知ってさすがに焦りが滲む。さっき射られた足が、焼けるように痛い。太股に深々と刺さった矢は引き抜いたけど、もしかしたら痺れ薬か何かが塗られていたのかもしれない。

捕まったら、殺されるんだろうか。

いやだ。死にたくない。死ぬのはいやだ。

最後の力を振り絞って跳躍し、長々と続いている白壁を越える。太股から鮮血が溢れ、塀の屋根の上に黒い染みを作った。


*****


「……誰だ」

庭で聞こえたドサッという、何か重いものが落ちた音に顔を上げる。奥の茂みで確かに息づく気配を感じながらゆっくりと庭に降りる。途端、音もなくオレの前に2つの影がたつ。
「赤司、不用意に近付くんじゃねーよ」
「そーっスよ。敵の間者だったらどうするんスか?」
不機嫌をそのまま顔に張りつけたような表情をしているのが青峰。うちに代々出入りをしている陰陽師の男が東方の戦に駆り出されるとかで預けていった、鬼。
美しく整った顔をプンプンと幼い怒りで染めているのが黄瀬。オレの友人である名のある僧から押しつけられた、犬。

部屋はいくつも余っているし、この戦乱の世にあってものも食べ物もここには潤沢にあるから、2人やそこら増えたところでなんの支障もない。2人ともそこそこに腕がたつらしく、近衛としては上出来だ。……ただ、うるさい。
「おめーは引っ込んでろよ、黄瀬ぇ!赤司を守るくらい、俺一人で十分なんだよ」
「はぁ?!そー言って、この前まんまと間者を取り逃がしたのはどこの誰っスか?」
「あれは!赤司が追わなくていいって言ったんだよ!」
「ふんっ、俺なら負うとか追わないとか以前に、最初の一発で仕留めてるっス!」
「んだと、ごら。やんのか?」
「望むところっス!」

すっかり話が脱線し、今にも力比べなり早さ比べなりを始めそうな2人の横を擦り抜け、未だに茂みの中で蠢く気配に近付く。
「あ!赤司っ?!」
「赤司っち!」
2人の声を無視して我が家自慢のツツジの木をガサガサと掻き分けると、ずっと奥の所に蹲るようにして大男が倒れていた。みすぼらしく汚れた着物には、土埃ではない汚れが深く染み付いている。
「赤司っち!危ないってば!……怪我、してるんスね?」
せっかく上等な服を与えているのに、気にする様子もなくオレを追いかけてきた黄瀬がひょいっと覗き込んで呟いた。…まぁ、いつもいつも服の上等さを微塵も気にする様子もなく青峰と泥だらけになっているんだが。
「あぁ、そうらしいな」
そう呟いた、その時。
表の方で訪いの声が聞こえた。黄瀬と青峰にこの男を部屋に運ぶように告げて服を翻す。それだけで、白地に水色で赤司の家紋である丸に剣花菱が染め抜かれた狩衣に付いていたツツジの葉が綺麗に落ちた。


「何用か?」

相手をしていた小物を下がらせ立ったまま問いかけると、いきなり主人たるオレが出て来るとは思っていなかったのか数人の男たちが一斉に土間に伏した。

「こ、これは…恐れ多くも赤司家当主、御自らお出ましいただけるとは…ま、まことに恐悦至極に存じまする」
精一杯の言葉使いで持ってもいない敬意を示す男たちからは、嫌な匂いが立ち込めてきて思わず腰から扇子を抜き取り僅かに開いて口元に当てた。
格好から判断すれば、この男たちはおそらく旅の一座だろう。最近四条河原に評判の一団が来たと聞いたが、先頭でペラペラと薄っぺらい言葉を並べているのはその一座の座長だろう。

「……それで、要件は」
何時までも止まない言葉に、思ったよりも優しい声が出る。それなのに、顔を伏せながらチラチラとこちらを見ていた座長の後ろに座る若い男は「ヒッ」と短く声を上げた。

「お、恐れながら…先ほどこちらに迷い人が紛れ込みませんでしたか?大柄の男なのですが…」
「はて…知らないが」
「お広い建物ですから、気付かなかったのやもしれません。寺之内通りの側から紛れ込んだと思われるのですが…よろしければわたくし共で捜し出し、連れ帰らせていただきますが」
「必要ない。そちらの迷い人など来てはいないし、捜索も不要だ」
「そう仰らずに…」
「オレの言葉が、聞こえなかったのか?」
「っ!!い、いえっ…そんなっ…」
穏やかだった顔からスッと表情を消して短く言うと、座長は土間に頭を擦り付けるようにして震えだした。



男たちを見送りもせずに踵を返して奥に引っ込む。
すると角を曲がってすぐの所に、頭に背を預けるようにして青峰が腕を組んで立っていた。
その腰にはいつもは邪魔だの重いだのいって履くことを嫌う、陰陽師が彼の為に打たせた太刀が下がっている。
「んぁ?済んだのか?」
「あぁ、やはりその男と関係ある奴らだったよ」
「それを引き渡さずに追い返すとは…どんな酔狂だ?」
「酔狂、か…ふふっ、青峰にしては的を得たことをいうじゃないか」
「あぁ?!…ったく、管領殿の考えてることなんざ、わっかんねーことだらけだぜ」
「行くぞ」
「おいっ、赤司!」
どうやら2人なりに気を遣ったらしい。黄瀬が男の世話をして、青峰がオレを守るために近くに待機する。全く、そんな奴らだから、どんなに服を汚そうが部屋を汚そうが怒れないんだ。


「あ、赤司っち!大丈夫だったスか?!何もされなかった?」
書院に顔を見せた途端弾けた声に、ヒュッとオレの横を抜けて走った青峰がベシッといい音をたてて黄瀬の頭を叩いた。
「いってー!何するっスか!」
「うっせーよ!こいつが起きちまうだろーが!」
「青峰っちのほうがうるせーっス!」
「てめぇ…」
またギャンギャンと騒ぎ始めた2人にため息を1つこぼし、布団の上で眠る男の枕元に座る。
「……ん」
「気が付いたか」
さすがにこのうるささでは、寝ていることは困難だろう。短くあがった呻き声に声をかけると、酷く億劫そうにその目蓋が持ち上がった。ぎゃーぎゃー騒いでいた2人がピタリと口を閉ざすと、途端に部屋は静寂に満たされた。青峰が流れるような仕草で懐の愛用する短刀に手をかけたのが分かった。

「あんた、誰」
ぼんやりと、焦点の定まらない目が必死にこちらを見ようと彷徨う。
「オレは赤司。ここはオレの屋敷だ」
「あか、し…」
「どうやら薬を使われたらしいな…」
黄瀬に指示して小さな包みを持ってこさせ、中から取り出した気付け薬を口に含ませ水を飲ませる。
「げほっ、げほっ…に、にが…」
「薬なのだから当たり前だろう。仕方ないな…」
そんなに苦いだろうか、男はそのほとんどを口に当てた手拭いに吐き出してしまった。仕方なく包みのそこに数個だけ残っていた金平糖を取り出すと、途端に黄瀬の目がキラキラと輝いた。
やれやれと1つをいそいそと両手を差し出した黄瀬の掌に乗せてやる。
「うわぁ…」
嬉しそうにたった1粒の金平糖を見つめる姿は、本当に犬みたいだ。甘いものが苦手な青峰は呆れ半分、可愛さ半分な顔でそれを見ている。
「ほら、口を開けろ」
「んー」
「開けるんだ。ちゃんと飲めばご褒美があるぞ」
頑なに口を引き結んでいた男は、ご褒美という言葉に躊躇いがちにまたこちらへと視線を彷徨わせてきた。

「そう、いい子だ」
薬を含ませ水をゆっくりと注いでやる。かなり辛そうに眉を寄せながらも確実に嚥下する喉にホッとする。
「よく頑張ったな」
くしゃりと優しく頭を撫でてから、その口に赤い金平糖をコロンと与えてやる。

「んっ……っ?!」

初めて食べたのだろう、口の中でカラコロと音がしたと思ったらぼんやりしていた目をパチパチと何度も瞬かせた。
「どうだ、美味いか?
「んまーい」
思わず問いかけた言葉に、男はしっかりとこちらを見たと思ったらふわりと浮かべた笑みが余りにも無防備で、オレは柄にもなく見入ってしまった。




→オレ司さまの室町時代パロディです。

僕司さまは宮廷のトップ、現代で言うと総理大臣に当たる左大臣でしたが、オレ司さまは武家のトップである管領にしました。お屋敷の室町末期に権勢を誇った管領細川京兆家をモデルにしました。

本当に趣味丸出し。

でも赤司さまの家紋は実在します。素敵な家紋です〜。
そして、どんなに調べても青峰っちの家紋が見付からなくてへこみます。


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