occursus 1 《出会い》

#紫赤 パロディ


その名前が初めてもたらされたのは、マンションの窓から見える駅前の公園のツツジが一斉に満開になった春の日のことだった。

「陽泉書房?」

口に持っていきかけていたカップを止めて、初めて聞く名前を聞き返す。

「えぇ。秋田で5店舗を展開している、地方の中堅書店。そこがね、征ちゃんの本をよく売ってくれてるらしいの」
向かいのソファーに座っている僕の担当編集者である実渕玲央は、優雅な仕草でカップをソーサーに置いて、鞄から2枚の紙を取り出した。

マル秘というハンコが左上に大きく押されているその紙は、僕が書いた著作のここ3年間分の売り上げ冊数を、全国の書店ごとにまとめた一覧表らしい。縦に作品名と発売年月が、横に総売り上げ冊数でランキングされた書店名が並んでいる表にざっと目を通す。

上位には、言わずと知れた全国展開している有名大型店の本店、旗艦店がずらりと並ぶ。こういう大型店はそもそも根本的な地力、品揃えや集客力、宣伝能力が全く違うから、町の本屋や地方の書店は対抗すら出来ない。それらの店がこういうランキングに顔を出してくるのは、精々30位代に入ってからだろう。

「ほら、ココ。9番目に陽泉書房の中央店が入ってるでしょ?しかも、15番目には本店、17番目と23番目と30番目には支店も入ってるのよ。ね?ちょっと凄いでしょ」
「確かにこれは…実に面白いね」
思わず漏らした素直な感想に、玲央の笑みが深くなる。
「ねぇ、2枚目も見てみて?もっとびっくりするわよ?」
そう言われ、不思議に思いながら2枚目に目を通す。
確かに、驚いた。
2枚目も同じ期間の書店ごとのランキングだが、作家名が違う。


1枚目の作家名は僕、赤司征十郎。
2枚目の方は、アイオライト。
僕のもう一つのペンネーム。


僕は2つの名前で作品を発表していた。
でも、それを知ってるのは玲央と編集長だけ。秘密中の秘密だ。

何故、ペンネームを使って作品を書き分けているのか。
それは作風が全く違うからだ。僕の作品は、史実の事件を題材にした緻密で重厚な社会派小説やミステリー。一方のアイオライト名義は、瑞々しく繊細な文章が特徴的な青春群像劇が多い。

何故、陽泉書房が、この2人の作品を「両方とも」ランキングに乗せるほど売り上げているのか。
それは、玲央でなくても不思議だった。

まさか、僕の秘密に気付いているのだろうか。

そんな有り得ない考えが、ふわりと頭の中を吹き抜けて行った。そうだ、有り得ない。



僕には、わりと長い付き合いである玲央にさえ言っていない、秘密がある。

アイオライトは、僕のもう一つのペンネームではない。僕のもう一つの人格、オレのペンネームなのだ。
つまり、僕は二重人格者。
だから、ペンネームも2つなのだ。



to be continue.....

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