temptatio 1《試み》
#青黄 前提 火→黄
#お世話になっている 夢路あき さんに捧げます。
#リクエスト
「甘美の大人デザート」



大人の味って、どんなのだろう?
甘いのかな?ほろ苦いのかな?
それとも…。




「じゃあ、一度デートしてみたらどうですか?」

俺が奢ったシェイクのストローから口を離すと、黒子っちはひどく歯切れよくそう言ってのけた。

他愛ない、本当に何でもない小さなことで青峰っちと喧嘩したのは、一昨日のことだった。もう理由も覚えてないけど、久しぶりに作れた2人きりの時間だったのに喧嘩をしてしまった。それでも、例え売り言葉に買い言葉だとしても、俺も言い過ぎた自覚はあった。だから昨日、昼休みに電話をかけたのだ。昨日はごめんね、俺も言い過ぎた。そう言えば青峰っちだって同じような台詞を言ってくれて、そして仲直り……のはずだったのに。

電話に出た青峰っちが言った、普段なら気にも止めないような一言が、その時は妙に気に障ってしまったのだ。結果、俺たちは前日よりも更に酷い口論の末、お互い捨て台詞まで言ってから電話を叩き切ってしまった。

青峰っちなんか、もう知らない。
二度と電話なんかしないから。

そんなこと、言いたくなかったのに……。



中学生だった頃、あの水色のシャツと真っ白な制服を着ていた頃。大人になればきっと、会いたい時に会えないもどかしさとか、伝えたい気持ちを半分も言葉に出来ないもどかしさとか、一緒にいるのにまだ足りないと思うもどかしさとか…そういうの全部、キレイに消えてなくなるんだと思っていた。
時間とか、お金とか、感情とか、そういうのを大人になれば何でも自由に出来るから。
そうすれば俺の大切なこの恋だって、もっともっと幸せでキラキラしたものになるのだと思っていたのだ。


そう、思っていたのに。
高校を卒業し、大学生になって、大人の入り口に足を踏み入れたはずなのに。別々の大学に進んだ俺たちは一緒に過ごせる時間は思った以上に少なくて、高校の頃よりも短いんじゃないかと思うほどになっていた。お金は、そりゃ中学生の頃よりは自由がきくようになったけど……代わりに、あの頃は何も考えずに言えた素直な言葉は、殻に閉じこもってしまったように出てきてくれない。好きな気持ちは、何一つ変わっていないはずなのに、それを伝える言葉が喉どころか胸の深いところに引っ掛かっている…もう、ずっと長い間。

全然会えないのに、会ったらその度に喧嘩してしまう。胸に引っ掛った言葉は出てこないのに、心にもない言葉ばかりが零れてくるのだ。それは相手に向けたようでいて、実は自分自身に深く深く突き立てられる鋭利な刃になる。

その度にこうして黒子っちに泣き付くのも、もう数えきれない回数になっている。またですか、面倒です、と言いながらいつも好物1つで話を最後まで聞いてくれる彼を、俺はやっぱり親友と呼びたい。(黒子っちには言う度に否定されるけど)


今日も今日とてそうだ。
電話で泣き付いたら、たまたま一緒にいたという火神っちとともにこうして来てくれた。その顔は心底うんざりしているけれど、黒子っちが途中で帰ったりしないことを俺は知っている。だから、ついつい長々と愚痴ってしまうのだ。
青峰っちの態度が横柄だ、自分との時間を取ってくれない、ということから始まり普段は何とも思っていないような本当に小さなことまで。……本当は、いいところも素敵なところも沢山あるのに。

どうして大人になると、素直な言葉が胸に突っ掛かるようになるんだろう?


そんな俺に言ったのだ。
大好物から口を離したと思ったらはっきりと。
「試しに、デートしてみたらどうですか?」
と。

「えっ、あ、あの…黒子っち?」
「はい」
「それ、どういうことっスか?」
「だから、火神くんと、試しにデートしてみるんですよ」
黒子っちのその言葉に、俺だけじゃなくて黒子っちの隣に座る火神っちも驚いている。飲んでいたコーヒーがどこかに入ったのか、苦しそうにゲホゲホむせている。
「なっ!!はぁ?おいっ、黒子!」
「……僕が知らないとでも思ったんですか?火神くん、高校の時に告白して振られたのに…まだ諦められないんでしょう?黄瀬くんのこと?」
「っ?!ちょ、待っ…」
「あ、あの、黒子っち…」
怒りと焦りが混ざった火神っちの声と、驚きと困惑が混ざった俺の声が重なる。
「いい機会です。青峰くんは来週まで大学のチームの長期遠征合宿なんですし、ものは試しじゃないですか」
「ちょ、黒子っ?!」
「く、く、黒子っち?!」
「はい、何ですか?」

ガンッと火神っちがテーブルを拳で殴っても、俺が思わず立ち上がっても、黒子っちはいつもと少しも変わらない顔でシェイクを啜っている。
「すっぱりと振られたのに、今でも黄瀬くんが青峰くんと喧嘩する度に心配でイライラしてるじゃないですか。俺だったら、もっと大切にできるのにって。見ていていい加減ウザいです」
「〜〜〜っ!」

隠しきれないけど、必死に隠したつもりでいた気持ちを他人から言われることの羞恥は、いかほどのものだろう。
火神っちは遂にテーブルに腕を突いて、そこに顔を埋めてしまった。顔は見えなくなったけど、微かに覗く首は真っ赤に染まっている。たぶん俺の顔も負けないくらい赤くなってる。声も出なくてパクパクと口を動かしている俺に、黒子っちはチラリとだけ目を向けてから「まずは座ってください」と言った。取り敢えずすとんと座り、残っていたコーヒーを一気に飲み干す。とっくに冷めてしまっていたコーヒーは苦くて、豆なのか何なのか底に溜まっていた何かがザラリと舌に残ってケホッと咳き込む。

確かに俺は火神っちに告白され、そしてきっぱりと振った。
高2の冬だった。WCを間近に控えた頃、例によって青峰っちと喧嘩してしまった。青峰っちも俺も予選を勝ち上がり、本戦への切符を手にした。決戦が迫る中練習は激しさを増し、会える時間は少なくなっていく。それは俺はもちろんだけど、青峰っちもまたそうだった。少し前まで平然と「練習はしない、試合にはでる」と言って憚らなかった彼がきちんと練習している姿は、バスケに背を向けて絶望に暗い目をしていたあの頃を知っているだけに嬉しさが込み上げてくる。あの苦しかった時間を共に過ごしたみんなはもちろんだけど、青峰っちに憧れ追いかけ続けてきた自分には嬉しい変化だ。

でも、それが恋人という立場なら…ちょっと複雑な気持ちになるのだ。
忙しいのは分かる。自分だって同じスポーツに打ち込んでいるのだ、練習でスケジュールは埋まり、空いた時間すら自主練に当てたい。次こそ、誰にも負けないために。

わかってる。わかっているけど。

少しでもいいから会いたい。会えないなら、電話で声が聞きたい。それが無理なら、せめてメールだけでも。
そんなことをつい、考えてしまうのは…我が儘なんだろうか。俺だって練習がある、自主練だって筋トレだって走り込みだって後悔がないようにしたいと思う。でも、辛い練習の合間にふと、今ごろ青峰っちも頑張って練習してるんだろうかと思っては会いたくなってしまうのだ。

そんな気持ちが爆発して思わずかけてしまった深夜の電話を、悪いとは思っても後悔はしていない。だって本当に、少しでいいから声が聞きたかったのだ……例えその聞けた声が、地の底を這うような声で超絶に不機嫌に言われた、「うっせーな、二度とかけてくんな。うぜーメールばっかり四六時中送ってきやがって。てめーはカメラの前でシャラシャラとモデルでもしてろよ」という声だったとしても……。

声は聞けた。でも、こんなこと日常茶飯事だと自分に言い聞かせてみても…やっぱりとても傷付いた。
翌日の練習終わりに電車に飛び乗り、気付けばいつものように黒子っちの元へとやってきていた。このどうしようもない気持ちを、どうにかしたくて。でもその日、黒子っちは風邪で学校を休んでいて会えなかった。それを誠凛の体育館の前で火神っちに聞いて急いで「大丈夫っスか?お見舞い行きたいっス!」とメールすると、すぐに「結構です、大丈夫です」と返事が来て更に気持ちが沈んでいく。お見舞いしながら話を聞いて貰おうと思ったのに…何処にもはけ口を失い、しおしおと萎んでいく気持ちと一緒に俺自身も小さく消えてしまいそうだ。

誠凛の練習はもう終わっていて、自主練をしている数人を背に外階段に座り膝を抱える。俺ってこんなに、弱い奴だっけ…。


こつん。
膝に埋めていた頭に、コツンと何かが当たった。思わずノロノロと頭を上げると、火神っちが缶のココアを持って差し出していた。咄嗟に受け取ってしまうと、じんわりとした温かさが指先に染みる。ほんの少しだけ距離を置いて隣に座る火神っちの手にも缶コーヒーが握られていて、プルタブを開ける音が小さく耳に届いた。やっとのことで「ありがと」と言って両手で包むように持つと、缶の温かさと一緒に火神っちの優しさも染みてくるかのようだった。

火神っちは、不思議な存在だった。
空気を読んでいないようでいて、実は優しくて気を遣うのが上手い。さり気なくて、温かくて。
そういえば、青峰っちもこうして何も言わずに傍にいてくれたことがあったな。まだみんながバラバラになる、少し前。この見た目とモデルをやっていることでただでさえ目立つのに、更にバスケ部の1部昇格を果たしたことで俺はさらに校内で目立つことになった。おかげで、前からチラチラとあった誰からか分からない嫌がらせがエスカレートした。
いつもは気にもしないし、無視するのもいなすのも慣れていた。こんなことに慣れたくなんかないけど。

でもその時は、予想以上にハードな1軍の練習や自分のイメージ通りに動かない体への苛立ち、モデルの仕事を減らしたことで起きた事務所との軋轢で、自分が思っている以上に精神的にまいっていた。部活中に吐き気がして我慢出来ず体育館を抜け出し、治まるまでと思って人気のない古びた非常階段に腰を降ろした。少し風に当たれば、すぐにいつもの"黄瀬涼太"に戻れる。そう思ったんだけど…どれだけ立ち上がろうとしても、足に力が入らない。はやく体育館に戻らなきゃと心の中で叱責しても、宥めても、汚れた非常階段の隅で小さく丸くなったまま立ち上がることが出来なくなってしまった。

どれほどたっただろう。
きっとなかなか戻らない俺を探して来いと言われたんだろう、コツンと頭に何かが当たったと思って重い頭を動かすと、スポドリを差し出して立つ青峰っちがいた。「ん…」とまるで押し付けるみたいにボトルを渡す仕草はぶっきらぼうだけど、俺が受け取った後で隣に座った青峰は何も言わないままただ黙ってそっと優しく頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。
大きくて、温かい手。
魔法みたいにボールを操る手。嘘みたいなシュートを放つ憧れの手。
その手が何度も、何度も俺の頭を撫でてくれて……やっと俺は、自分は上手く呼吸が出来ていなかったと知ったのだ。いったいいつぶりなのか、かなり楽になった呼吸にやっと足に力が入る。
遠くで黒子っちが俺を呼ぶ声がして、「行くぞ」と言って魔法の手が離れて言った。かなり小さな声になってしまったけど呟いた「ありがと」と言った言葉に、青峰っちは前を向いたまま「おう」と答えてくれた。

あの時、青峰っちが傍にいてくれなかったら。
俺は立ち上がれなくなっていたかもしれない。
青峰っちはもう、あんな小さな出来事覚えてないかもしれないけど。俺には、大切な思い出なんだよ。



そんなことを、少しずつ温くなるホットココアの缶を握りながら考えてしまったものだから。

「……また、青峰と喧嘩したのか?」
「まぁ、うん……そんな感じっス」
「……あのさ、俺にしねーか?俺、黄瀬のこと好きなんだ。絶対大切にするからさ、付き合わないか?」

と真っ赤な顔の火神っちに言われて咄嗟に思い出したのは、あの時背中を向けたまま短く「おう」と返事をした青峰っちの、赤くなった耳だった。




あぁ。
俺はこんなにも、青峰っちが好きなんだ。




to be continue.....
- 14 -
[*前へ] [#次へ]
戻る
リゼ